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雑草の言葉

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ロックダウンからローカル化へ

 コロナウイルス感染拡大を防ぐ為に地域の封鎖[Lock down] を行う国・都市が増えています。中国・武漢から始まり、イタリア、スペイン、フランス、イギリス、アメリカ・・・の一部の都市で、都市封鎖が行われています。日本、東京は遅れをとっていると言えましょう。

 都市は、食料もエネルギーも自給自足が出来ませんから、ロックダウンを長く続けることは危険です。しかし、地域の閉鎖は、持続可能な社会を目指すのなら、非常に有効な手段となりましょう。交通網が発達し、気軽に外国に行ける時代になりましたが、必要のない海外旅行がかなり増えています。そもそもインターネットが発達した現在、情報・意見交換は言うに及ばず、ビジネスも(観光でさえ)、実際に人が移動しなくても行える様になりました。エネルギーを浪費し、環境を汚染してまで人や物が移動するのはおかしなことです。遠くの地域と貿易をすれば、運搬のためのエネルギーが沢山必要になります。グローバル化は環境破壊を促進し、石油等の再生不可能なエネルギーの枯渇を早め、環境を破壊、汚染します。

 今日、世界の多くの地域で、グローバル化の弊害が出ています。グローバル化によって、巨大多国籍企業の力が強くなり、色々な国の政府よりも力を持ち出して理不尽な行為を行う様になりました。その為、反グローバリズム運動も大きくなっています。

 今こそ世界中の多くの地域で、閉鎖してもやっていける地域に変貌を遂げる時期でしょう。地球全体では当然のことながら、ある程度小さな地域で、食料・エネルギーの自給自足、工業製品の自給自足、廃棄物の地域内処理・・・を行える様にするのです。グローバル化によって目眩しされていた問題の先送り、肥大化にも気付くはずです。

 地域の閉鎖が21世紀中で起こるであろう複合的大崩壊の被害を出来るだけ小さく抑える非常に有効な方策と言えましょう。破局へと突き進んでいる現代社会では、グローバル化よりもローカル化が大切なのです。

早くロックダウンを解除することばかりを考えずに、ロックダウンしても大丈夫な地域づくりが大切です。

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オリンピックは中止にすべし

コロナウイルスパンデミックで、オリンピックが延期になるか中止になるかと騒がれていました。324日に1年ほど延期する方針が出されましたが、私は中止にすればいいと考えます。2020年のオリンピックが東京に決定される以前からオリンピック開催には反対でした。もっと社会福祉等に予算を使うべきです。最近のオリンピックの在り方自体共感出来ませんが、特に日本政府の姿勢には賛同出来ません。

 2013年、国際オリンピック委員会(IOC)総会で行った安倍首相の東京への招致演説のなかで、福島第1原発事故の放射性物質汚染水漏れについて、「状況はコントロールされている」「汚染水による影響は福島第1原発の港湾内の0・3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされています」と表明。さらに「健康問題については、いままでも、現在も、将来もまったく問題ないということをお約束します。・・・」とのべました。多くの人がはっきり覚えている以上のようなペテン発言で招致が決まった東京オリンピックは最初から虚構の大会でした。

当初2020東京オリンピックは、国民の負担を軽減する為に、既存の施設を活用して「世界一コンパクトなカネのかからない五輪」とされていました。国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルには、大会経費として8,299億円と予算提示されています。先ず招致ありきで、後から費用を膨らます積りだったのは見え見えでしたが、案の定、この予算を度外して来ました。会計検査院の調査結果からは、3兆円を超えると予想されています。まだまだ十分に使えた国立競技場を壊して巨費を投じて新国立競技場を作った時点で非常に不快でした。

 誘致にも不正があったとフランス検察当局からも声明が出されたのに曖昧な不十分な説明でうやむやにしています。森友・加計学園疑惑の説明と同様に、まともに説明責任を果たす前の幕引きでした。この時点でもオリンピックを返上していれば、被害は少なかったでしょう。

まだ、色々理由はありますが、これだけでも十分にオリンピックは中止返上の理由になります。もう二度と日本、東京ではオリンピックをすべきではないでしょう。私の予測では、21世紀中にオリンピックは廃止になるであろうと思います。

今まで作ってしまった施設はできるだけ無駄にしないで利用すべきですので、選手村をはじめとして、コロナウイルス感染者用の入院施設に改築して使うのです



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コロナウイルス対策による環境回復

 新型コロナウイルスの拡散抑制政策によって、環境回復・環境浄化がされた事例が報告されるようになりました。
先ずは当然のことながら、中国の大気汚染の浄化は顕著です。中国では、大きな都市が封鎖されて、工場も閉鎖されたりして稼働が大きく減り、自動車の交通量も減少し、大気汚染が大幅に減少しました。NASA[アメリカ航空宇宙局]は、3月1日に中国での大気汚染物質である二酸化窒素NO2 の汚染レベルが大きく下がっている事を示す人工衛星写真を公開しました。1ヶ月ぐらいでこんなに大気汚染が減ってます。(別な見方をすれば拡散がはやいです。) 

 [NASAが2020年2月29日に公開した衛星画像;中国の二酸化窒素濃度 ]
  
↓1月の閉鎖開始前           ↓閉鎖後の2月   
NASAの衛星写真 中国の大気汚染 コロナ閉鎖前後 
 その他、ベネチアの運河の水がきれいになったと言う報告もされています。
ネットで見つけられる環境浄化、環境回復の記事は、まだこれくらいですが、コロナウイルス対策を行っている国のもっと多くの場所で、環境回復・浄化が確認される(・・・または、既に確認さている)筈です。ただ、現在は、コロナウイルスの感染拡大や封じ込め対策が世界の大多数の人々の関心事ですから、当然のことながらそちらの話題が優先して環境回復の情報はあまり入って来ていません。そして、コロナウイルスパンデミックに関連した世界の大きな関心事が経済の事です。世界経済が後退するリセッションを恐れる声が大きく、環境浄化・回復のことなど、どうでもいいとかちょっとした慰み程度にしか考えていない人が大多数のようです。サイトによっては、環境浄化・回復が「予想外の副作用が起きた。」と記されています。しかしこれは十分に予想される結果であり、これを「予想外」と述べるはかなり判断力が欠如していると思われます。「予想外」と書いた記者もコーヒーブレイク程度にしか考えていないのかも知れません。・・・しかし今回のコロナウイルス感染拡大対策の副作用でどれだけ多くの地域でどれだけ環境が回復されるだろうかと考えた人は私だけではないでしょう。災の中に見出せる一つの希望の光だと考えます。
21世気になって「環境よりも経済」と考えている人は20世紀よりは減ったと感じていますが、いざこのような事体になると、やはり経済のことが第一である人が大多数のようです。生活がかかっている一般の人々にとっては仕方のないことですが、もっと多く儲けようとしか考えない投資家連中には困ったものです。
生態系が大きく破壊され、待った無しの現代世界では、近視眼的には経済が大切でも、長い目で見れば生態系を優先すべきです。
付け加えるならば、今回のコロナウイルス拡散規制対策が無くても、成長の限界に達しつつある(既に限界を超えたとも言える)現代文明に於いては、今世紀中に今回以上の経済後退が起こることは明らかです。今回の景気後退よりも遥かに深刻で制御不能な景気後退がやってくるでしょう。
今回のコロナウイルスパンデミックは、大変なことでありその対策も痛みを伴ったものですが、その痛みを無駄なものにしない為にも、環境浄化・回復された部分の評価もしっかりして、不要な経済活動を縮小して生態系を回復していく方向を大きく検討していくべきです。




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忘れ去られた頃の突然の再開です。

<雑草の言葉>、忘れ去られた頃に久々に投稿再開します。いくつかの理由で、投稿を休んでいたら、4年近く経ってしまいました。
投稿を休んでいた主な理由は、
1. 時事問題以外、主張したいことは、大体書き尽くして来たかなと(一時期)思った事。
2. 仕事がちょっと忙しくなったこと。
3. 妨害行為が行われた事。
などです。

この間、このままフェードアウトするか、新たなブログを立ち上げるか、いろいろ考えました。

1. については、4年間で言及したい時事問題が沢山たまりましたし、それ以外でも書き尽くしてしまった訳では無くまだまだ書くことはあるように感じます。
2. については、忙しくなくなり時間ができました。(笑)
3. については、妨害していた連中がどんな連中か想像がつきます(原発推進派の〇〇〇などです。)が、彼らはこのサイトが休止して妨害成功したと思っているでしょうが、そのくらいの姑息な妨害で、サイトを閉じたりサイト名を変える必要はないし、逆に彼らと戦う方が面白いし、色々やれます。

と、言う事でとりあえず再開することにしました。またどうぞ宜しくお願いします。
以前のように素数日に新たな記事をアップしていこうと考えています。今のところ素数日すべてに投稿するという積りではありません。投稿するなら素数日ということで、投稿は1ヶ月以上は開けない積りです。
以前からの読者は忘れた頃にまたどうぞよろしくお願いします。新規の読者も歓迎します。

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業務は通常通り

成長の限界に近づいている、若しくはすでに成長の限界にほぼ達したと考えられる現代において、世界的な文明崩壊がいつ起こっても不思議ではないと考えられます。実際にその兆候はあちこちで見られています。それなのにいまだに経済成長に囚われた人が沢山います。「沢山」というよりも「大半」の人々と言えるかもしれません。政治家など社会を動かしている人々(世界の指導者?)の中に特に沢山いるようです。
その結果、21世紀中に・・・あと数十年で・・・世界規模の制御不可能な崩壊が始まると考えられます。


 過去の崩壊した文明に於いて、社会のエリート層が大災害の警告に対して、「業務は平常通り[Business As Usual] 的なアプローチを手遅れになるまで強く勧め続けたという研究が発表されています。
以前guyver1092 さんが書かれた記事【定常社会の会計基準】2014-11-5で紹介されていた NASA出資の科学的研究に採用されたSafa Motesharri氏の研究報告によれば、
資源が乱用され、社会の経済的な層がエリートと大衆に分断されることが、社会の崩壊の原因に成りうる事を発見したとのことです。
そして、最終的にエリートがあまりにも大量に消費するために、大衆に大規模な食料不足を起こし、結局は社会の崩壊をもたらすと警告しています。

何をもって「エリート層」と定義するのかはあいまいですが、ニュアンス的には、経済的に大衆を支配している人々(財閥等)のことでしょう。・・・「エリート」という言葉のの本来のニュアンスとは違う感じもします。寧ろ「悪賢く強欲な人々」と言う表現のほうが合っているでしょう・・しかし逆に、元来「エリート」とはそういう存在なのかも知れません。
それは兎も角
多くの富を所有しているということ自体、物欲が強いと言うことであり、現在の資本主義を引っ張っている財閥やその傀儡の政治家たちをエリートと呼ぶとすれば、Safa Motesharri氏が鳴らす警鐘は、適格だと言えましょう。

もう既に、脱成長に向かって進んでいなければ間に合わない時期であるのにも関わらず、「悪賢く強欲なエリート」達によって、「業務は平常通り[Business As Usual] 的なアプローチが続けられています。彼らにとって地球の資源を大量に使い、自らの財産を守るとこ、増やすことが最大の関心事であるようです。

 そして、一般大衆も、指導者の指示に従って「業務は平常どおり」続けることになります。業務を平常どおり行わなければ職を失うからです。

文明崩壊の恐怖を身に染みて分かるまで、人々は「業務は平常どおり」続ける事になるのです。・・・・そして、「気付いたときには既に遅し・・・」となってしまいます。

この期に及んで、崩壊の危機を感知できず、「業務は平常通り」行う「エリート」達に任せておけば、崩壊の大災害から免れることはほぼ不可能であり、「崩壊は予測通り」起こるでしょう。
勿論、水の供給などのように、平常通り行わなければならない基本的な業務もあるでしょうし、消防やレスキューのように、非常事態にこそ必要な業務もあるでしょう。しかし、殆どの業務は、エネルギーや資源の消費のずっと少ない持続可能な形態に速やかにシフトしていく必要があります。これまでの平常通りの業務では持続出来ないと言う事を理性で判断する事が早急に必要です。

「業務は平常通り」と、指導する「エリート」は速やかに排除すべきですし、一般大衆も「業務より大切な行動」を考えていかなければならないでしょう。

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スポ少

「スポーツ少年団」って、いつ頃から日本に現れたのでしょう?・・・私が子供の頃の田舎には無かったなあ・・・と考えていたらそれは記憶違いで、実は私よりも年上の従兄弟が小学生の頃から剣道の団体に所属していました。正式名称が「スポーツ少年団」かどうかは兎も角、確かにその類の団体であったと思います。第二次世界大戦後の早い時期から田舎町にもスポ少の類はあったのかも知れません。更に遡って戦前にも似たような団体はあったのやも知れません。スポ少の歴史に興味があるわけではありませんのでその事実関係は調べませんが、現在は田舎町でも、様々なスポーツ競技でスポーツ少年団のような組織があるようです。野球、サッカー、相撲、バスケットボール、水泳・・・・私はスポ少にはまるっきり興味・関心が無かったので、あまり列挙はできませんが、最近地元にも、かなりマイナーと思われる水泳の「飛び込み競技」にもそんな団体がある事を知りました。田舎町でも、多くのスポーツの競技にスポ少かそれに準ずる組織があるようです。

世間を見渡すと、スポ少に大きな価値を置いている保護者、大人が沢山います。少なくとも、テレビゲームよりは遥かに素晴らしい・・・と考える大人が多数派でしょう。
スポーツを通して体を鍛え、(社会の) ルールを学び、人間関係を学び、競争社会で生き残る逞しさを身に付け・・・・と、色々長所も謳われています。
 しかし私は、テレビゲームよりも、スポーツ少年団の活動のほうが素晴らしい、とは考えません。確かにテレビゲームは、体は鍛えられないでしょうし、頭もあまり鍛えられないでしょう。どちらかと言えば体も頭も退化するようなイメージです。社会性も身に付くとは期待できません。つまり、テレビゲームには、ネガティヴなイメージが付けられています。(体や頭が鍛えられたり、社会性が身に付くゲーム考案されているようですが・・・。)
それに対して、スポ少は社会的に認められているような風潮です。しかし、環境負荷と言う観点では、スポーツ少年団よりもテレビゲームのほうが遥かに環境負荷は小さいでしょう。テレビゲームも、ハードを作る時に資源を使い、ゲーム中は電力も消費します。それでもスポ少の活動の現状よりは遥かに環境負荷は小さいでしょう。現在のスポ少は、練習場まで車で送迎し、練習場等では大掛かりなナイター設備を使う事も珍しくありません。スポ少の活動に多くの資源とエネルギーが消費されているのです。
大会ともなると、父兄が自家用車を持ち寄って、若しくはバスをチャーターして遠くまで遠征する事も厭いません。そして、遠い場合、ホテルに宿泊して、ホテルで浪費します。基礎体力のトレーニングはするけれど、ホテルの階段はあまり使わず、専らエレベーターを使います。試合やトレーニングに行く為に多くのエネルギーを消費(浪費)するのです。
つまり、いわゆる「経済効果」も大きい点が、スポ少が社会から歓迎される一つの理由になっていることでしょう。大げさな言い方をすれば、スポ少も「経済成長主義」のオト落とし子とも言えましょう。
小さな少年の頃から、スポーツの為には、この手の資源とエネルギーの浪費行動が普通の事、いい事だと思い、罪悪感なく行動できる子供を育てているように感じます。

スポーツ選手をヒーロー視する子供も沢山います。スポ少に所属する子供たちの多くは、自分と同じ種目でプロになった人、若しくはトップクラスの選手にあこがれ、ヒーロー視します。しかし、スポーツが強い人が即、社会に貢献していると考えることには反対です。そんな風潮は頂けません。(現在、このような主張をすると、「ひねくれ者」と扱われるかと思いますが、そういう社会の風潮がおかしいと思います。)そうやってスポーツというものが絶対的な大きな価値のあるもの、社会の中心だというスポーツ偏重の社会が形成されてきました。そして、政治や災害、世界情勢のニュースを抑えて、プロスポーツやスポーツの国際大会のニュースがトップニュースとして扱われる事も一般的になっています。現代はスポーツ偏重社会と言えましょう。
現代の格差社会において、子供をスポ少に入れて子供のサポートが出来ない家庭も沢山あることでしょう。日本の子供の貧困率は16%を超えました。そういう意味では、スポ少に子供を所属させることの出来る家庭は、ある程度裕福ともいえるでしょう。そんなある程度以上に裕福な家庭の子供がスポーツ漬けの少年時代を過ごし、頭の中まで筋肉になっていくのです。
現在、スポ少のような団体は世界中で流行っているようですが、スポーツというゲームの世界に身を投じ、スポーツの勝負の世界が生活の中心となって大人になっていく子供が多いことに危惧を感じます。スポーツが単なる趣味の域を大きく逸脱していると感じます。
私の(ひねくれた)価値観からすれば、スポーツも囲碁や将棋もテレビゲームも同じゲームの範疇です。スポーツは、体が鍛えられる分「ましかな」位です。スポーツが他のゲームよりも気高いとは思えません。
スポーツの本来の姿は、人力の最大限の活用で、他の外部エネルギーは極力投入すべきではないと考えます。しかるに現在のスポーツはエネルギーをどんどん浪費しています。それだけでもスポーツの進んできた方向がおかしいと感じます。
 
学校での部活動のスポーツでもやり過ぎはよくないと感じますが、スポ少に所属し、スポーツ偏重の少年時代を過ごす少年が増え過ぎだと感じます。「塾とスポ少だけの放課後」という子供も増えてきたのではないでしょうか?危惧すべき状況だと感じます。子供はもっと自然に触れるべきですし、もっと社会問題にも対峙するべきです。子供をシビアな現実に対峙させるのは酷だと考える大人も沢山いるだろうし、私もそう感じる部分も小さくありません。しかし、そんな深刻な現実からずっと目を背け、スポーツに没頭するような大人が多数派だから、現代の深刻な問題はなかなか解決されないのでしょう。それどころか年々先送りされて肥大化しています。スポ少に子供を入れて、その活動に没頭している親の多くが3S政策に嵌っていると言えなくもないでしょう。スポ少で活躍して、社会人になれば企業戦士に育っていく・・・・そんなステレオタイプを理想としている親も多いと感じます。しかし、そんな人々がこんな住みにくい社会を作った一翼を担っているのです。現代社会は、多くの少年がスポ少の世界に没頭してられるような平和な社会ではないのです。
スポ少ブーム、スポ少奨励を好ましいとは考えません。逆に危惧を抱いております。

以上、一見ひねくれた見方でスポ少を論じさせて頂きましたが、根本に流れる考え方はここで主張した通りです。

 経済は複雑か?

今の世界の経済のシステムは複雑に出来ていて、経済学者、エコノミストに解説して貰わなければ良く判らない・・・と思われがちです。・・・世界には沢山のエコノミストがいて、大学の経済学部にも毎年沢山の学生が入学しているのですから、現代の経済は一筋縄ではいかない事は確かかも知れません。
『金融工学』なんて学問も流行っていました。(今でも流行っているのか、流行らされているのか分かりませんが、)初めてその言葉を聞いた時は「何で経済が工学なんだ?」って思った人も多かった事でしょう。
でも、経済学者、エコノミストの解説を聞いて現在の経済システムに納得がいくもので人はどのくらいいるのでしょうか?・・・現代経済システムに納得した人の殆どは、騙された、若しくは洗脳されたと考えています。何故なら現在の資本主義の経済システムは不公正と矛盾に満ちていますから・・。『金融工学』なんてその典型例でしょう。必要のないまやかしだと考えています。

経済はシンプルに考えるべきであると思いますし、シンプルに考えられるものでなければおかしいと思います。本質は至ってシンプルなものでしょう。

では何故現代の経済は複雑に見え、複雑に語られるのでしょうか?・・・その答えも至ってシンプルだと思います。それは、お金を更に増やしたい、お金で色々な世界を支配したいとの欲望を持っている人々が築いてきたシステムだからです。財閥、資本家が更に儲ける為に仕組んだまやかしであり、矛盾をどんどん上積みしていったからでしょう。矛盾に矛盾を重ね・・・詐欺的嘘を嘘で上塗りして、ばれないようにどんどん複雑に見せていった・・・これが現代の資本主義経済が複雑に見せられている本質でしょう。強欲な資本家が、もっと儲ける為に理に適わない事に理屈をつけているから、複雑に見える(見せている)のでしょう。

大学の経済学部の多くの学生が、そのまやかしの理論に洗脳されて、この矛盾に満ちたペテン社会の企業戦士となって行くのです。そんな経済学なら学ばない方がまし・・・かも知れません。複雑化されて騙され、洗脳された経済学部出身者は、近視眼的には現代社会に必要な人材と言われるのでしょうけれど、この矛盾に満ちた社会を支えて、更に不公正な社会を作る事に加担している事になりましょう。
長い目で見れば、不公正を助長し文明崩壊に進む推進力を荷っていると言えましょう。


そんな経済学部の学生、学者の中にも、昔からその矛盾に気が付いている学生も沢山いて、その中の一部の人々は現代資本主義社会の矛盾、不公正を世に発信しています。
私の乏しい知識から現代資本主義経済の大きな矛盾を指摘している経済学者を挙げさせて頂けば、カール・ポランニー、シルビオ・ゲゼル・・・(カール・マルクス、フリードリッヒ・エンゲルスは揚げないでおこうと思います。)日本で言えば、玉野井芳郎、室田武、多辺田政弘・・・(きっと)枚挙に暇はないでしょう。

現代社会を支える経済理論は矛盾に満ちた不公正なものですから、必ず破綻する筈です。
(と言うか、既に破綻していて、それを多くの御用学者達が必死で誤魔化して支えている積りでいる、まだこんな不公正な資本主義を無理に続けようとしているのが現代社会でしょう。

経済はもっとシンプルで分かり易い、理に適うものであるべきです。

現代はそんなオルタナティヴな経済学を提唱する人々が次々に現れて、パラダイムシフトにあと数歩・・・と言うところなのではないでしょうか?


関連記事 【経済学に疎くても】 をかなり以前に書いています。

流行造語

世間では、次々に新たな造語が作られていきます。その中には頻繁に使われ、流行語になるものもあります。そして流行語大賞と言う賞もあります。過去の流行語大賞を見てみると、あんまり上手いとは思えない言葉や、ピンとこない言葉も多々あります。素晴らしい、言い得て妙な「これぞ!」と言う表現の言葉はあんまり見当たりません。
ところが先日、ネットを見ていたら、言い得て妙な「これぞ!」という造語を見つけました。それは、ある女子高から流行り始めた言葉だそうで
「安倍過ぎる」
です。意味は安倍首相を支持するかしないかによって、ポジティブなものからネガティヴなものまで色々想像出来るでしょうが、(ネガティブなもののほうが圧倒的に多いと思われますが・・・)

1. 馬鹿すぎる。
2. 他人の話が聞けない。
3. 聞かれたことに答えない。
等複数の意味・・・だそうです。


ソースがはっきりしないので出どころが本当に女子高かどうかは定かでは無いようですが、本当に高校生の間で流行っているとすれば、高校生の感性も鋭いというかまともと言うか、良識的と言えましょう。
18歳からの選挙権に対しては、あまり賛成ではありませんでしたが、「安倍過ぎる」なんて造語を作る高校生は、国会で何が行われているかをしっかり見ていると思えます。そんな18歳なら投票権があってもいいかと思えます。

安倍首相に対する誹謗中傷だとかいう見解もありますが、あんな答弁をする安倍首相に非はあるでしょう。
実際、国会での安倍総理の答弁は、都合が悪くなっったり応えられなくなると、
まともに返答せずに、話をすり替えたり、聞かれてもいない持論を滔々と繰り返します。
レベルの低さ、恥をさらけ出しています。あんな答弁が許されていい筈がありません。
地方の町村の議会、否、小中学校の学級会でさえも、あんな答弁をしたら「ちゃんと答えろ!」、「話しを誤魔化すな!」、「ふざけるな!」・・と非難の嵐でしょう。あまりに稚拙で卑怯な答弁です。日本の国会で堂々とあんな答弁が行われている事を国民として恥かしいと感じます。あれを観た良識ある高校生は驚き呆れる事でしょう。あんな事を言う様がTVの国会中継で全国に放映されても首相として恥ずかしくならない感性には呆れるばかりです。

~余談ですが
この造語が広まるのを阻止しようとする勢力があるようです。・・・いわゆるネット右翼達でしょうか。・・・火消に躍起です。
「他人の話を聞かなかったり聞かれたことに答えないのは、安倍首相では無く、質問している野党だとか左翼だ」とか書き込みます。そのくせ具体例は挙げられません。
「『安倍過ぎる』という言葉は、検索にかからないから、使っている人は殆どいない」とかも書き込まれていました。・・・驚いたことに、先日は検索に沢山出てきたのに、後日検索に全く引っかからないサイトも出てきました。検索サイトによっては全く出て来ません。ネット検閲は確かに行われており、逆SEO対策を施して、検索に引っかからないようにしているようです。『工作員』も確かに存在するようです。~ここのサイトも既に逆SEO対策されています。~

特に工夫のある造語では無く、ある意味ストレイトな造語です。高校生では無く誰が作った造語であっても、ここまで言い得て妙な、そしてとんでもない愚かな暴走を的確に表現して、社会を風刺しているこの造語は流行らせるべきでしょう。そしてこの言葉こそ今年の流行語にすべきだと考えます。流行語大賞となれば、歴代で最も風刺の効いたものだと思いますが、大賞ならずとも、その候補としてマスコミは取り上げるべきでしょう。この言葉をマスコミが取り上げないとしたら、マスコミもかなり腐敗してやっぱりマスゴミだと言えましょう。

この表現はネットで拡散していきましょう。

会津地方は物理的に独立国になり得るか?

福島県は、大きく分けて西側から、会津、中通り、浜通りに分かれます。(このような福島県の地理は、3.11福島第一原発事故以降、広く日本中の人に知られる事になったと思います。)私の住む会津地方は、福島県の西の部分40%ほどの面積、約5400k㎡です。福島県の半分の面積にも満たないのですが、会津地方よりも大きな都道府県は全国で26だけです。なんと21もの都道府県が会津地方よりも小さいのです。関東では比較的大きく感じられる千葉県よりも大きいのです。そして、人口は約27.5万(2015年現在)。千葉県の県庁所在地である千葉市一つだけの人口の数分の一です。人口密度は、約51人/ k㎡ 日本の人口密度337人/ k㎡ のおよそ 1/6.6です。北海道よりも(少し)少ないのです。現在の日本の人口は12688万人ですが、会津並みの人口密度でしたら、そのおよそ6.6分の1の1919万人となります。鎖国していた江戸時代初期の人口と同じくらいになります。人口が少ない事を心配する人がいますが、そんな心配は無用でしょう。逆に人口が少なければ自給自足が出来るかも知れないし、食料不足にならなくていい・・・と喜ぶべきでしょう。
福島県の食糧自給率が80%ほどですから、福島県の中でも人口密度が少ない農業地域の会津の食料自給率はカロリーベースで考えても軽く100%を超えているでしょう。(北海道の200%以上と推測します。)


ここで、会津地方が独立国になれる可能性について考えてみましょう。

先ずは水。水道水が無くとも地下水にも恵まれています。何よりも各地に沢山の湧水が出ています。飲み水に限らず農業用水なども豊富にあります。水の心配は無用でしょう。
会津地方は山に囲まれています。海のない山国では致命的に不足しがちと考えられている塩も、会津には沢山あります。西会津町や北塩原村など各地に塩分を沢山含んだ温泉があります。北塩原村の大塩裏磐梯温泉では、かつては塩を生産していました。最近また塩の生産を始めたようです。つまり、会津は水、塩、食料は豊富にあるのです。
熱帯産のバナナやチョコレートはありませんが、他に美味しい果物は沢山あるし、日本古来の美味しいお菓子も沢山あります。(地熱を利用すれば熱帯の作物も十分に栽培可能でしょうが・・。)
エネルギーはどうでしょうか?会津地方は豊富な自然エネルギーで溢れています。水力、地熱・・・。電気だって十分に作れます。喜多方市の大和川酒造では「会津電力構想」を掲げています。電力は東京電力によって首都圏に持って行かれている水力発電だけでも十分余るでしょう。更に地熱発電も可能です。柳津の西山温泉にある地熱発電所は、地熱発電所の発電量としては日本一なのです。
会津地方は食料と同様、他の地域に売るほどの発電能力があるのです。


過疎化が心配・・・なんて事を言う方が沢山いますが、それは現代の洗脳だと考えます。人間が暮らすのにはこのくらい余裕のある人口密度でいいのです。東京のような人口過密の巨大都市は、交通が遮断されて孤立した場合、大変です。数日もしたら大混乱となりましょう。そして、食料不足、エネルギー不足になれば、大都会から大量の人々が脱出を図って地方になだれ込むでしょう。会津地方にも「もう来ないでくれ」・・・と言うほどに人が流れ込むやも知れません。現在も、会津の各地にIターンで都会からやってきて住みついて、農業などに従事している人達が少なからずいます。彼らは時代を先取りしているのかも知れません。

心配しなければならないことは、福島第一原発とか新潟県の柏崎刈羽原発の事故でしょう。(放射性廃棄物が桁違いに多く集まっている青森県六ヶ所村も・・遠くとも心配です。)
PM2.5などの粒子も心配ですが、会津よりも前に、西日本の他の地位のほうが大変な状況になるでしょう。

以上、政治的な可能性は別として、水、塩、食料、エネルギー・・・物理的には会津は独立国になれるでしょう。不自由を厭わなければ、鎖国(外部閉鎖)だって可能です。
・・・と、ここまで書いて来ましたが、言いたいことは、会津を独立国家にしようと言うことではありません。21世紀のこれからは、地方自治体が鎖国して自給自足できるくらいの機能を備えていることが大切だと言うことです。
それもなるべく狭い地域の単位で・・・今回述べたような都道府県レベルでも大き過ぎるでしょう。市町村やさらに小さな地域のコミュニティ、果ては各家の単位で自給自足出来る事が好ましいと考えます。現在、日本、世界中は、グローバル化に踊らされて、国際競争、国際分業なんて事ばかりに視点が行きがちです。その結果、地域の機能が偏ってしまい、他の地域に依存する社会になってしまっています。だから、輸送機能が麻痺しただけで大パニックに陥るのです。
実は「グローバル化」なんて既にかなり時代遅れになっていると考えます・・と、言うよりも、それは世界中の富を集めたい一部の強欲な人々の野望の為のプロパガンダ、洗脳でしょう。
グローバル化に進む世界に勝ち続けなければ、生き残れない・・・等と言う、トーナメント戦のような経済競争に踊らされるよりも、いざという時に自給自足できるような地域作りが大切だと考えます。

日本はどこまで陥れられ、突き落とされるのか?

先日、来年の日本の国家予算の最終案が決議され、歳出は過去最高を更新したと報じられました。防衛費と公共事業費の4年連続の増額など、いまだに経済成長戦略を主とする浪費財政です。
この秋には、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人[GPIF]が、世界同時株安の影響で7~9月期に被った損失は、約10兆円に上ったと報じられたばかりです。GPIFは利回りの高い『低格付け債』への投資も始めると発表しました。『低格付け債』は投機的水準である「ダブルB」以下の低格付けで「ジャンク債券」とも呼ばれるそうです。利回りが高いと言う事は、リスクも高いと言う事で、将来デフォルト(債務不履行)となる危険性も低くありません。多くの人々が危険性を指摘して反対したのに、株高を支えてアベノミクスを演出する為に、年金を株などの投資に充てて損失を出したのです。それに懲りずに更にリスクの高いギャンブル的な投資をしようと言うのです。10兆円でも相当な損失ですが、このままジャンク債などに投資すれば、その損失は更に莫大な金額になるでしょう。これは実はギャンブルですら無いかも知れません。始めからアメリカのハゲタカ金融に日本の年金を吸収させていると言う見方がありますが、その見解が当たっているかも知れません。今更資金を引き上げたら投資家は逃げて更なる暴落を招くと言うのは経済の常識・・・なのかも知れませんが、それでも引き上げた方が、痛手は小さくて済むのではないでしょうか?・・・年金の大方が超国家金融業に略奪されてしまいそうです。
年金の破綻から、国家の財政破綻まで、足音を立てて近づいている感じです。

 自民党の公約破りのTPPに関しても、大筋合意とか、既に合意は為されていると言われています。日本の多くのマスコミがTPPの合意を「日本経済への恩恵も大きい」等と報道していますが、実質、超国家企業である多国籍企業の利益優先のルールの押し付けに他なりません。日本を超国家企業に隷属させる罠と見るべきでしょう。今からでも抜けて欲しいのですが抜けられましょうか?
安保法制によって日本の自衛隊は海外派兵が可能になりました。日本が攻撃されたときにアメリカ軍が守ってくれると言うのは不確実な事であり、実質は、アメリカが仕掛けた戦争に派兵すると言う事になってしまうでしょう。アメリカ人が「悪を懲らしめる」とプロパガンダして、実質、超国家企業の利権の為にやる(経済的)侵略戦争に参加させられるのです。今まで日本を友好的に見ていた多くの国・・・アラブ諸国も中南米諸国も、日本が侵略戦争国家の仲間入りしたと見なすのでしょう。日本もテロの標的にされる・・・と言う見方も現実味を帯びて来ました。
 安倍政権によってとんでもない政策が次々に断行されています。
第二次世界大戦前の情報統制や軍国主義に似た状況になって来たという話を目にする事も多くなってきましたが、それも真実味を帯びて来ました。
今年の日本の主な政治的な動きの多くが、日本が陥れられていると見えます。日本を超国家企業の餌食にしようとするものばかりです。
この年末感じる事は、来年への期待よりも大きな不安です。
オリンピック開催なんてお気楽な事を言っていていいのでしょうか?
日本の沈没が顕著になるのが、オリンピック前か後か・・・?と言う状況ではないでしょうか?・・・どうせ沈没するのなら、なるだけ早い方が痛手も少ないでしょう。オリンピック前に落とされて、オリンピック返上…の方が、日本が再生できる可能性も高いと感じます。