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雑草の言葉

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生ゴミ処理が家電?

 生ごみについては過去に何度も触れてます。いつも書き出しは、「生ゴミをごみ袋に入れてゴミ置き場に出す人の気が知れません。」等と言う感じでした。私(の家)は、いつも庭の土に混ぜて埋めてます。使うとしてもコンポストだけです。 
 都会の団地など敷地に土の無い場所に住んでいれば、仕方がない事なのかも知れませんが、(私は学生時代、いつもアパートの1階に住んでいたので、共通の庭の埋め込みの横とかに穴を掘って埋めてました。・・・「ゴミ袋に入れて出せ」「いや、生ごみを袋に入れて出すなんてとんでも無い」等いつも大家とバトルしてました。)
 田舎でさえ、時々切った庭の木の枝や葉をゴミ袋に入れて燃えるゴミとして出す方が居ますが、とんでも無いことです。木があるんだから土もある筈です。木の根本にでも置いて、土に戻せばいいのです。肥料になります。

 ところで、この頃は人々の意識が少し高くなって、「生ごみ処理機」を使う家庭が増えているようです。
かなり昔、電気を使う生ごみ処理機が出来たと聞いて、また愚かなものを作ったものだと感じました。ゴミの堆肥化に何故電力や石油を投入する必要があるのでしょう?
 最近は逆にローテクになって牛乳パックで生ごみを堆肥化する・・・なんてことが普及し始めて、いい傾向です。現在、電気や石油などのエネルギーをわざわざ投入しない素朴な生ごみ処理機はどのくらいあるのかな?・・・と検索して見ました。そしたら何と・・・生ごみ処理機は「家電」としてありました。そうじゃ無い生ごみ処理器もあるのでしょうが、殆ど家電のところにありました。家電メーカーが作っているのでしょうが、なんで生ごみを(無機物まで)分解するのに電力を使う必要があるのでしょうか?・・・・これが悪しき「需要の創出」ってやつです。少しくらい時間がかかっても、高品位の2次(3次)エネルギーである「電気」はそんな事に使うべきではありません。先の記事にも書きましたが、ゴミ処理については非常に遅れています。とても21世紀とは思えません。

プラスチック

 現在、一般家庭でも普通に出る廃棄物で最も問題になっているのはプラスチックでしょう。「普通に出る」どころか、ゴミの主たる物質です。石油から作られる合成樹脂であるプラスチックは、現在殆どの製品の一部、または全部で使われています。

 昨年、ある研修ツアーに参加したときに、化学ののオーソリティ(大学若しくは企業の研究者)が「昔、プラスチックを開発してたとき、プラスチックは腐らない画期的な物質だと思った。世の中で非常に役に立つ社会を豊かにする物質だと思った・・・まさかプラスチックがこんなに大きな問題になるとは想像が付かなたった。」と言いました。

 正直な方だなあと思う反面、何故腐らない物質が大問題になるとの考えに至らなかったのかと不思議に思いました。物は朽ちて腐るから、生態系を循環する・・・という自然の摂理を考えられなかったのでしょうか?特に彼を非難する積もりはありませんが、彼以外にもプラスチックを開発してきた研究者の方々は、腐らず生態系を循環しない人工物質の脅威を感じなかったのでしょうか?世に出す前に、自然に帰す方法・・・化学的にも、社会的にも・・を先ず考えるべきでは無かったのかと思います。

 

 プラスチックがあったからこそ、色々な物が便利になって発展してきたのは事実ですが、それは大局的に見れば刹那的なものとも言えましょう。世界中の至る所に、生態系に循環しない処理に困る(有害)物質がばら撒かれてきたとも言えましょう。

 しっかりリサイクルさせても、エネルギーロスや最終処分物質等様々な問題が残ります。 厳密に「予防原則」を適応し、作らない・・・と言う政策を取るべきだったと言えば非現実的でしょうか?それによって科学が遅れようが、経済成長が遅れようが、だたそれだけの事です。もっと言えば、成長の限界による破局の危機がかなり後に伸び、破局の危機を回避する策を練る時間的余裕が出来た筈です。生態系を破壊し、自然環境を蝕んでいくよりは遥かにマシと言うものです。

 現在、腐らないプラスチックによる生態系の破壊は非常に深刻です。(物理的に)分解されてマイクロプラスチックまで分解されたらされたで更に生態系の危機を招きます。生態系を循環しない物質と言う意味で、放射性物質に共通する極めて危険な物質と言えるでしょう。量が遥かに多い分、プラスチックの方が厄介とも言えましょう。プラスチックだけで地球の生態系が壊滅的になる可能性だって低く無いと考えています。


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ゴミの減量

 ゴミの減量が叫ばれてかなり久しくなりますが、今でも有効な対策がとられているとはとても思えません。と、言うよりも、対策が遅れ過ぎで、お粗末過ぎ、酷過ぎです。日本中、世界中ごみで溢れています。
 私の住む40軒ほどの小さな町内会では、毎週可燃ごみ収集日が2回、不燃ごみと資源ごみの回収日が隔週で交代になっています。かなり頻繁だと思われますが、それでも毎回結構なごみが出されていて不安を感じます。可燃ごみ収集日が週に2回もあるというのも多過ぎです。
(可燃ごみ・不燃ごみについてはそれぞれ改めて別の記事にします。)
 我が家では極力ごみの減量に努めていますが、それでも2週に1度くらいのペースで40ℓのごみ袋一杯のごみを出してしまいます。これが現状でのほぼ努力の限界です。何故なら、商品が過剰包装されているからです。特に食品の包装のごみが多くを占めています。過剰包装は殆ど改善されていません。
 7月からレジ袋の有料化が開始されるようですが、それでは遅過ぎです。環境省が「プラスチックの過剰な使用の抑制を進めていくための取組の一環として、プラスチック製買物袋の有料化を通じて消費者のライフ スタイルの変革を促すため」などと大そうなことを言ってますが、レジ袋の有料化など20世期中に始まっていて当然です。レジ袋も1つ5円では駄目でしょう。税金を重くかけて50円位でもいいでしょう。(それで誰も使わなくなればいいのです。)
 我が家では、20世紀からマイバック(「エコバック」という言い方はしません。あんな物でエコロジーを名乗るのもおこがましいというものです。)を持ち歩いてレジ袋は殆ど貰っていませんが、それでも食品のごみはたまり放題です。食品一つ一つが過剰包装なのです。
 お菓子も丁寧に袋や箱に(何重にも)入っています。野菜もまとめてビニール袋に入っています。飲み物はペットボトルが主で、ゼリーやプリンは厚めのプラスチック容器に入っています。更に刺身や寿司などは立派なプラスチックケースに入っていますし、その中にも花やハラン(和食の盛り付けの緑の葉)を模したプラスチック製の飾りなども入っています。まさに捨てるのが勿体無い感じです。更にご丁寧に、アイスクリームや果物はレジでまとめて薄いビニール袋に入れてくれます。(私は断ってます。)今、コロナ禍でデリバリーが流行っていますが、それも過剰包装です。(我が家では田舎であることもあり、デリバリーは頼んだことがありませんが・・)
 もっと徹底してごみの減量に取り組まなければ、世界中(特にプラスチック)ごみで溢れかえるでしょう・・・と、言うかもう既に溢れています。
まさにごみ問題だけでもこの文明は崩壊しそうな勢いです。


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100年に1度の経済危機というまやかし

 この度のコロナ禍による経済危機でも『百年に一度の経済危機』という言葉が使われ始めました。IMFとか各国首相も頻繁に使っています。(この言葉を使う連中は信用できません。)前回この言葉が使われたのが、2008年のアメリカ発のリーマンショックの頃からですから、それから十数年しか経っていません。


 当時私は、『百年に一度の経済危機』と言う表現には大きな違和感を覚えました。違和感と言うよりももっとはっきり『根拠のないもので間違った認識』と書かせて頂きました。 更に定量的な「予言」は信じないし自分でもする積もりのない私ですが、『百年に一度』と言う言葉を否定する為に『次にもっと大きな恐慌が、100年よりずっとずっと短いスパンで・・・数年以内・・・長くても20年も経つ前ににやってくるでしょう。』と書きました。【100年に一度の経済危機と言うナンセンス2009-02-09  そしてその通りになりました。これは経済理論から考えた結論ではなく(私にそんなことは出来ません。)現在の成長を前提とした経済システムが狂っているから簡単に予測出来たことです。


 「いや、今回はコロナ禍があったから特別だ、それでたまたま当たったからっていい気になるな!」って批判も来るでしょうが、その批判は、2011年の3.11の原発震災の時の『1000年に一度の大地震、大津波』だから、特別、対策をする必要がないと言った東電も安倍晋三も責任がない・・と言うのと似たような詭弁でしょう。そう言う諸々のリスクまで考慮しなければ本当のリスク管理とはいえません。それに、コロナ禍はきっかけであってそれが起こらなくても、リーマンショックを超える経済危機は起こった筈です。そう言えばまた、「いや、コロナ禍がなければこんな経済危機は起こらなかった」と言う方は沢山いると思いますので、再び私の大嫌いな予言(予想)をさせて戴きます。


 今回のコロナ禍が収束して、何年か後に経済が再び順調に成長を始めたとしても、更に大きな経済危機がやって来るでしょう。それも今世紀中に・・・といえば世紀末まで80年近くもありますから、2050年までにと言うことにして置きましょう。


 根拠は単純明快です。現代の成長(という名の膨張)を前提に構築された経済は、壊れてリセット(経済恐慌)されない限りは持続不可能で、壊れても環境負荷は元に戻らないので、どんどん限界が下がって行きます。そして、現在の経済危機は全く周期的な現象ではなく、成長の限界を超えた為に起こっている現象で崩れ落ちて行く途中だからです。これは、経済というバベルの塔が、高くなり過ぎてその高さを維持出来ない状態になったからの当然の結果です。大恐慌が起こらないようにする為の真の対策は、現代の成長を前提とした経済システムを止めて、成長しなくてもやっていける定常系のシステムを構築することです。【100年に一度?の経済危機・・】2008-11-15   でも述べています。



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コロナ禍はきっかけに過ぎず

 日本では、コロナ禍はひとまず収束に近づいているようです。現在危惧されている事は、コロナ流行の第2波、第3波・・・及びそれに伴う経済危機です。

 コロナの第2波を防ぐことができて、経済も立て直すことが出来れば、社会は元の日常に戻り、また再び経済成長が出来ると考えているお気楽な人々が沢山いるのではないでしょうか?

しかし、経済成長を土台に組み立てた現代西洋型社会は、システム自体に爆弾を抱えていて、成長の限界を迎えたこの時代にその爆弾は破裂するのです。つまり、この西洋型現代社会は持続可能な筈はなく、近い将来崩壊する運命にあるのです。

 このコロナ禍は、あくまできっかけの一つに過ぎないと考えられます。このコロナ禍が21世紀最大の世界の危機と考えるのは甘過ぎるでしょう。20世紀と比べてみても、このコロナ禍よりも大変な事件は第二次世界大戦を始め沢山ありました。20世紀よりも人口が増え、経済規模が大きくなり、世界がグローバル化した現在はもっと大きな危機・・・それこそ第2次世界大戦よりも深刻かも知れない危機がやってくるでしょう。

 コロナが収束して経済危機を乗り越えたら、また経済成長を追い求めるのでは無く、社会のシステムを大きく変える・・・経済成長しなくてもやっていける正常な社会にシフトすることこそ、コロナ禍をきっかけに世界中で取り組むべきことでしょう。それがほんんとうに持続可能な社会への正常化と言えるでしょう。おそらく残された時間はそんなに多くはないでしょう。

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コロナに関わらず海外旅行はやめるべし

昨年まで日本は5月の連休;ゴールデンウイークは海外旅行に行く人で溢れていたのに今年はコロナの影響で緊急事態宣言も出され、遠出する人は少なく、ステイホーム連休などと言われています。

 今年我慢してコロナが収まれば来年からまた昨年並みの遠出・・海外旅行にも気軽に行けるゴールデンウイークが復活・・・と思っている人が沢山いる事でしょう。しかしそんな生活形態はもう終止符を打つべきです。たかが数日の旅行のために交通費にお金を使ったり、移動の為に多くの時間を費やす人がいてもそれは個人の自由ですが、その為に飛行機に乗って移動するのには、大量のエネルギーを使い、更に環境汚染をするのです。たかが数日海外のリゾートで過ごす為にこれほどのエネルギーの浪費と環境負荷がある事をもっと真剣に考えるべきです。コロナ騒動で飛行機の便数が減っただけでも環境の改善があったのです。

 もう環境汚染・環境破壊は待った無しの切実な状況です。取り返しのつかないところまで来ているのに、個人の娯楽や経済の為に海外旅行を野放し状態にしている現在のシステムを再考するべきときです。このコロナ騒動がその大きなきっかけにするべきです。しかし、日本に限らず経済優先の政府はそんな政策を打ち出すのはまだまだ先の事でしょう。

 おそらくそう遠く無い将来に、大勢が気楽に海外旅行する為に飛行機を沢山飛ばし、石油の枯渇を早め、大気を汚染していた事を後悔することになる事でしょう。勿論「後悔先に立たず」

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三流国家日本

 日本の新型コロナウイルスの対策が酷過ぎる事が話題になっています。初期水際対策をことごとく失敗したことから始まり、医療崩壊が起きるからとあまりにおかしな理由でPCR検査を渋って来ました。今だに、感染の可能性の高い人でもPCR検査を受けられていない人が沢山います。その結果、日本の感染者数の報告は、世界中から信用されていません。世界の感染者数の比較から日本が除外されている例も沢山あり、感染者の数が低く抑えられているように見えても、外国から非難されることこそあれ称賛されることはありません。それによってコロナの被害は増え続け、深刻な状況になっています。中国も韓国も台湾もそれぞれ違った対応にも関わらず疫学に沿った対応で、新規感染者は減り、収束に向かっています。それに比べ日本の対応は恥ずかしい限りで未だに収束に向かっていません。

 東日本大震災の原発事故の「メルトダウンはしてない。」その後のオリンピック招致時の「福島原発はアンダーコントロール」と並ぶ酷い隠蔽体質です。対策が後手後手で挙句の情報隠蔽・・・。

現政府のやる事なす事、酷過ぎです。もりかけさくら問題の酷さとその弁明の稚拙さ(言い訳にもなっていない)、忖度したものがいいポストを与えられる。そんな政治のモラルハザードから産業に目を転じても、かつて世界に誇っていた工業製品も韓国や中国に負けっぱなし・・・気がつくと日本は三流国家に成り下がっていた・・・と思っている国民は沢山いるのではないでしょうか?


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断捨離

 ここのところ少しずつ断捨離しています。今の家に来て20年以上過ぎましたが、それまでは数年に一度は引っ越していたので、引っ越しの度に不要なものを捨てたり人にあげたりするくらいで、物を捨てるのが嫌いだった私は、一昨年まで本格的な断捨離はした事がありません。人生初の本格的な断捨離を昨年の初夏に行って、この春にもっと大々的に始めました。自分の部屋が4月上旬で大体終わったのに勢いづいて、廊下や玄関、リビングなど他の場所の断捨離も始めました。古い物で小学生時代のものもありました。(笑)引っ越す度によく捨てなかったと思うような「こんな物」です。

 いろいろな物を思い切って断捨離しています。(勿論地域の中学校の廃品回収用に取って置いたり、資源ごみとしても出します。)20年以上購入してきた月間雑誌などが年代・月順に欠けずに揃っていると、ネットとか古本屋で結構いい値で売れることに気を良くしています。(まだ売ってませんが・・笑)

 他の人が使ってくれるのなら安くても手放せますが、廃棄となると罪悪感を覚えるのは私だけでは無いでしょう。しかし今回は本当に後ろ髪を引かれずに断捨離をしています。あんまり考えずに思いっきりスパスパ断捨離していたら、現在使っている物以外に捨てたく無いものなんて殆ど無いことに気が付きました。録り溜めたカセットテープやMD、ビデオテープは勿論のこと、大したコレクションではありませんが、長年かけて集めた趣味の物もあんまり惜しくありません。・・・・日記や手紙、写真さえ捨ててもいいような心境になりました。(写真や日記の一部は後悔のないように、1巡目では断捨離しませんでした。アバウトに掃除しながら、家の各場所を2巡、3巡と回して掃除と断捨離をしていく予定です。)

 家や道具、装飾品等が昔のように全て土や草木、石など自然の物で出来ていれば、そのままにして置いてもじきに自然に帰るのだろうけれど、現代の物は、一度火山の溶岩とかの高温で溶けでもし無い限りなかなか自然には帰りません。環境汚染の原因になるのです。一人の人間がこれだけの環境汚染物質を出して大丈夫の筈が御座いません。生態系を循環し無いゴミによる環境汚染の方がコロナウイルスよりもシビアーだと考えるのは私一人でしょうか?望まなくても現代人は、その一生で沢山環境を汚染していく特殊な動物です。物を持ち過ぎだし、その物もプラスチックやビニール等、自然に分解しにくい物質で溢れています。

 断捨離して、空いたスペースに新たな物を買って詰め込んでいったら、環境負荷はもっと酷くなります。それは避けるべきです。断捨離して部屋がすっきりと片付きスペースが沢山空いて快適です。今回の断捨離以降、より一層モノを買うのを控えて、二度と大掛かりな断捨離をしなくても済むようにしたいものです。断捨離で大切なことは、その後にモノを買って増やさない、捨てないことだと思います。それが大局的に自分の為になり、それにも増して社会、生態系の為になるのです。


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平穏な生活があれよあれよと・・・

コロナウイルスパンデミックによって世界の多くの人々の日常生活がガラリと変わりました。外出自粛や非常事態宣言により、平穏な日常生活があれよあれよと言う間に変貌を遂げ、様々な制限のある生活に変わりました。パンデミックではありませんでしたが、2011年の3.11原発震災時も、原発爆発後は、福島第一原発周辺の広い範囲で屋内待機はありました。

 経済的に先行き不安な人も多い事でしょうけれど、多くの人々は、数週間から数ヶ月だけの辛抱・・・で、それが過ぎればまた元の日常生がやってくる・・・と信じている事でしょう。このパンデミックは百年に一度のパンデミックで、回復したらもう、生きている間に次のパンデミックは起こらないだろう・・(その間に経済的に破綻してしまう不安はかなりあるでしょうけれど・・)と考えている方もいる事でしょう。

 しかしもっと深刻な『あれよあれよと言う間の制御が効かない衰退』がこの21世紀中に起こると考えています。成長の限界に達したこの世界では、これ以上成長(膨張)は出来ず、その天井での限界の状況を続けると、カタストロフィー的な減衰が起こるからです。今回の様なウイルスによるパンデミックが引き金になろうがなるまいが、今回よりも深刻な歯止めの効かない減衰が21世紀中に訪れるだろうと言うことです。

20世紀以降、一時的な恐慌などを除き、人口も生産も急激に増加し続けてきたこの世界は、汚染、資源不足、食糧不足・・・などのどれもがかなり行き過ぎてしまって危機的状況です。現代社会は、成長の限界を超えて行き過ぎてしまった不安定社会なのです。砂上の楼閣なのです。だから、前回【ロックダウンからローカル化へ】でも描いたように、閉鎖してもやっていける地域に変貌を遂げ、社会を縮小させる必要があるのです。それが甚大な被害をより大きくしない方法です。

 かなり以前から21世紀中に制御不能な衰退が起こるとを予測していた私ですが、まだ実際に起こらなかったので実感が湧きませんでした。然るに今回のコロナパンデミック騒動によって、来るべき制御不可能な減衰を前もって多少実感する事が出来ました。

 元の不安定な経済成長路線の汚染不安定社会に戻るのではなく、これを機に社会、経済規模を縮小し、定常安定化した社会に移行する道に方向転換すべきなのですが、そんな話は聞こえてきません。

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ロックダウンからローカル化へ

 コロナウイルス感染拡大を防ぐ為に地域の封鎖[Lock down] を行う国・都市が増えています。中国・武漢から始まり、イタリア、スペイン、フランス、イギリス、アメリカ・・・の一部の都市で、都市封鎖が行われています。日本、東京は遅れをとっていると言えましょう。

 都市は、食料もエネルギーも自給自足が出来ませんから、ロックダウンを長く続けることは危険です。しかし、地域の閉鎖は、持続可能な社会を目指すのなら、非常に有効な手段となりましょう。交通網が発達し、気軽に外国に行ける時代になりましたが、必要のない海外旅行がかなり増えています。そもそもインターネットが発達した現在、情報・意見交換は言うに及ばず、ビジネスも(観光でさえ)、実際に人が移動しなくても行える様になりました。エネルギーを浪費し、環境を汚染してまで人や物が移動するのはおかしなことです。遠くの地域と貿易をすれば、運搬のためのエネルギーが沢山必要になります。グローバル化は環境破壊を促進し、石油等の再生不可能なエネルギーの枯渇を早め、環境を破壊、汚染します。

 今日、世界の多くの地域で、グローバル化の弊害が出ています。グローバル化によって、巨大多国籍企業の力が強くなり、色々な国の政府よりも力を持ち出して理不尽な行為を行う様になりました。その為、反グローバリズム運動も大きくなっています。

 今こそ世界中の多くの地域で、閉鎖してもやっていける地域に変貌を遂げる時期でしょう。地球全体では当然のことながら、ある程度小さな地域で、食料・エネルギーの自給自足、工業製品の自給自足、廃棄物の地域内処理・・・を行える様にするのです。グローバル化によって目眩しされていた問題の先送り、肥大化にも気付くはずです。

 地域の閉鎖が21世紀中で起こるであろう複合的大崩壊の被害を出来るだけ小さく抑える非常に有効な方策と言えましょう。破局へと突き進んでいる現代社会では、グローバル化よりもローカル化が大切なのです。

早くロックダウンを解除することばかりを考えずに、ロックダウンしても大丈夫な地域づくりが大切です。

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