FC2ブログ

雑草の言葉

Welcome to my blog

Category思い出 1/1

悪い冗談

No image

今日の酷い自然破壊の現状を考えると、目をそむけたくなるような事だらけです。悪い冗談であって欲しいと感じる事ばかりです。そんな事例は多過ぎて枚挙に暇がありませんが、多くの人が似たような経験をしている事例を書いてみます。 私は岩手県の内陸で育ちました。いわゆる山国育ちに入るでしょう。少年時代、ごくたまに、遠足やら家族旅行やらで、海岸に行くと大きな驚きがありました。海岸の生態系の豊かな事、豊かな事・・。...

  •  14
  •  0

学生時代の生ゴミの思い出

No image

 生ゴミをごみ袋に入れて出す人の気が知れません。・・・まあ、都会の団地などに住んでいれば、仕方がない事なのかも知れませんが、田舎で、なお且つ自宅に住む人が、生ゴミを袋に入れて出すのは許せないものを感じます。・・・そもそも生ゴミと言う表現が間違っているのかもしれません。・・・『生の残り物、食べれない部分』・・とか言うべきでしょう。××    ××××    ××××    ××××    ×× 私が学生時代暮らして...

  •  20
  •  0

ひょうたんプール

No image

 私の住んでいる福島県会津地方に、会津高田という町がありました。この前の平成の大合併で3町村が合併して、現在は会津美里町の一部です。そこに、伊佐須美神社という田舎にしては結構大きな神社があります。 その敷地内だと思うのですが、神社からは離れたはずれの部分に、ひょうたんプールという名の非常に魅力的で神秘的で面白い池がありました。・・そう、プールというよりは池と呼ぶべきでしょうけど・・池というよりも自...

  •  2
  •  0

釜ヶ渕の河童

No image

昔、川で泳ぐのが危険だなんて、何故騒ぎ立てたのだろう。水泳のレースなら、プールの方がいいに違いないが、泳いで遊ぶなら、プールより海が面白い。そして、海より川の方が断然面白い。 学校にプールが完備されはじめたのは、いつ頃だろう?若しかしたら、これもゼネコンなどのプロパガンダだったかも知れない。そりゃあ、プールで泳ぐよりは、川で泳ぐ方が危険だろうけれど、川で泳ぐ事を学校教育でなされていたら、川も今ほど...

  •  2
  •  0

アゲハチョウ

No image

 幼い頃、いとも簡単にアゲハ蝶を素手で捕まえられました。 幼い頃、庭にアゲハ蝶がよくやって来ました。花にとまったところにそっと近づいて、簡単に捕まえられました。いつも素手で捕まえては、母に自慢に見せていたものです。普通のアゲハやキアゲハが多く庭を訪れ、捕まえていました。クロアゲハを捕まえたときはもっと嬉しく、カラスアゲハはさらに嬉しいものがありましたが、カラスアゲハは普通もう少し山に行かなければい...

  •  8
  •  0

地産地消

No image

地元で作ったものを地元で消費する地産地消。主に農産物などの食料品に使われる言葉ですが、その他広くいろんな商品にも使われています。 最近地産地消の意識が高まり、ここ会津の地でも、地産地消の学校給食を行っている村もあるとの事です。でもそれって、ある程度昔は、普通の事だったでしょう。 特にここ会津の地では、今でも食糧自給率が100%を超えますから、地産地消した後、残りは他で消費という形に出来るでしょう。 地...

  •  4
  •  0

自転車 vs 自動車

No image

 「自転車対自動車」とくれば、今までの私の話の流れからすると、自転車と自動車のエネルギー効率や、環境負荷の話を想定されるでしょう?でも、その話は大体したし、自転車の圧勝に疑問の余地はない。そうではなくて、  今回は単純に自転車と自動車のレースの話。 ただ、しっかりしたレース会場でやるのではなく、暴走族のように、一般道での非公式レース。自転車の運転手は学生時代の私。自動車の運転手は不特定多数。(笑)...

  •  2
  •  0

かにの思い出

No image

 小学2年の時、岩手県一関市の萩荘と云う、自然に恵まれた田舎に引っ越した。 転校してすぐ、当日か翌日あたり、新しいクラスの友達に小学校のすぐ裏の川に下る小径を案内してもらった。その小径で、水がちょろちょろ流れているところに貝殻みたいなものを見つけた。立ち止まって、その辺りの石を裏返してみたら、沢がにがいた。自分が初めて見つけたかにの住処だ。というより、沢がにそのものを初めて見たと思う。!貝殻かと思...

  •  4
  •  0

Produceless

No image

ベルリンの壁の崩壊は、その1月前くらいまで予想した人は皆無に等しい。20世紀中には無理だろうと思っていた人がほとんどであろう・・・。この事で、将来の予測なんてたとえ専門家でもあてにならない、明日、どんなどんでん返しがあるか分からないと言う事、何事も諦める必要がない事を悟った。 そのベルリンの壁が崩壊したすぐ後、1990年の頃、ドイツを一人旅した。ベルリンの壁崩壊に希望かなにかを見いだして浮かれていたのか...

  •  0
  •  0

ごみの思い出

No image

子供の頃、物を捨てるのが嫌いだった。 強迫神経症的に、がらくたでも何でも取って置いた。片付かなくてどうしても捨てろと親に言われて捨てられた時、また資源として役に立つのだと自分を納得させた。当時分別回収なんてなかったが、きっと集めてから分別するのだと子供心に言い聞かせた。・・・だから、また資源に戻さずに、ただ燃やしたり埋めたりする事を知ったとき、唖然とした。私が行政に不満をもった初めての瞬間かも知れ...

  •  2
  •  0