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雑草の言葉

ゴミまで過剰包装

2007/05/12
ゴミ・廃棄物 0
 最も多いゴミは何でしょう?・・・ゴミ収集所で出されたゴミ袋の中を見ると、袋の中は、容器や袋だらけなんてことはよくあります。つまり、特に「使い捨て」にする必要のない容器や袋包みなどの「使い捨ての入れ物」が、最も多いゴミではないでしょうか?

 日本でも過剰包装の勿体無さが叫ばれて久しい筈ですが、過剰包装はなくなるどころか余計に増えています。パッケージ専門店なんてのまで現れる始末です。
 なくならない過剰包装一つとってみても、日本のゴミ行政の、対処療法しかやっていない事のいい加減さ、無策を感じます。日本の過剰包装は本当に情けなく、とんでもないものまで包装していますが、その中でも最もどうしようもないものの一つが、ゴミの過剰包装ではないでしょうか?


 最近人々は極端なきれい好きになって、公共施設も会社も各家庭も、ゴミ箱の内側に、ゴミ袋をすっぽりセットして置く事が当たり前の事のようになってしまいました。・・・回収しやすいように・とか、ゴミに残っていた液体がゴミ箱を汚さないように・・・等が理由と考えられますが、その為にゴミの量が一段と増えました。
 回収用ゴミ袋の中に、各家庭用のゴミ箱につけるビニールゴミ袋、そのビニールゴミ袋の中にレジ袋、レジ袋の中に空の容器や袋が沢山入っていて、その袋の中にキャンディーやせんべいを一つ一つ包んでいたビニール袋・・・・・・なんてのは、よくある光景です。結局、禅問答ではありませんが、容器の中身は容器で、そのまた中身も容器・・・と、辿っていっても入れ物の中身は、入れ物自身であって中身がない・・・・。ゴミ袋をさらに大きなゴミ袋に入れていけば、当然の事ですが、ゴミがどんどん増えていきます。ゴミ袋でどんどんゴミを増やしているのです。まさにゴミバブルです。
 見方を変えれば、ゴミを捨てるだけの為にゴミを過剰包装しているのです
ゴミの回収にさえ、使い捨ての「ゴミ袋」を使う必要はないでしょう。ちょっとくらい不便でも、ゴミ箱が汚れようと、ゴミ袋は使わずに、家庭では直接ゴミ箱に、ゴミの回収では備え付けの容器に、ゴミを入れるシステムに戻すべきでしょう。

 製品を買う時に過剰包装して買い、その過剰包装の容器や包み紙が主なゴミとなり、さらにそのゴミを捨てる時にも何重にも包装して捨てるわけです。とんでもないお話です。ゴミがゴミを呼ぶというか、小さなゴミが大きなゴミを作り出しているのです。

 ゴミまで過剰包装・・・・こんなふざけた事をずっとやってきているのです。

 最近定着してきた、山や海や観光地、または地域社会でのでのボランティアによるゴミ拾い運動も同じ問題があります。ゴミを拾う人それぞれに袋を渡してゴミを拾い、一人一人の袋はいっぱいにならずとも、その個人の袋ごと、さらにまとめて大きなゴミ袋に入れて回収・・・なんて事もよく見かけます。ゴミ袋が勿体ないだけでなく、明らかに「ゴミ袋」というゴミを増やしています。そして、集めたゴミをよく見ると、枯れ草や木の枝、生ゴミや虫の死体・・・なども多く、ゴミ袋にさえ入れなければ、自然の循環に戻れるものも沢山あります。それを酷い時には、他の種類のゴミ・・・金属やプラスチック、と混ぜてしまっています。・・・しかし、混ぜなくともビニールなどの袋に入れれば混ぜたことと同じでしょうが・・。

 ゴミ行政で切迫した問題は沢山ありますが、その大きな一つが最終処分場の問題でしょう。こんな善意のゴミ拾い運動が、最終処分場の寿命を縮め、生ゴミなどを生態系の循環にもどすチャンスも奪ってしまうのです
 だから、こんなゴミ拾い運動はやるべきではないと考えます。・・・じゃあ、ゴミだらけになって困るじゃないか・・・?と言う人がいるでしょうが、現実を直視して困るべきです。困ったら、お役所も企業も、そんなゴミを出さないように、過剰包装をやめ、生態系で循環しないものの製造はやめるという方向を本気で考えるのではないでしょうか?
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☘雑草Z☘
Admin: ☘雑草Z☘
「経済成長」はその定義からも明らかなように実態は「経済膨張」。20世紀に巨大化したカルト、「経済成長信仰」と「科学技術信仰」とによって、飛行船地球号は破裂して墜落を始めるのも時間の問題。
あくせく働いて破局に向かって突き進むくらいなら猫のようにその日暮らしをする方がよっぽどいいではないですか。脱成長によってゆったり暮らすことができる社会の実現を!
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