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雑草の言葉

自然崇拝

2008/01/01
思想 6
 自然崇拝は、人類の最も原始的な思想、哲学だと考えられています。しかし、最も原始的だからといって劣った思想と考えるのは、科学技術と合理主義を妄信した現代人の短絡的発想でしょう。

 それは、まだ人類が、森に住んで狩猟生活をしていた頃の長い歴史・・人類の歴史の99%以上・・・を通して経験した事から必然的に発生したものでしょう。人間は自然の一部だと言う当然の認識から発生した人間と自然の共存の思想、哲学です。人類は自然の力の偉大さを認識したからこそ自然崇拝が生まれたのでしょう。・・・そして自然崇拝は、日々の暮らしの思想、哲学から発展して宗教となっていったのではないでしょうか?

 自然崇拝は、縄文時代から続く日本の文化、アイヌの文化にあるだけではなく、アメリカ・インディアンやアボリジニの文化の中にも見いだせる古くからの世界共通の思想、哲学でしょう。


 近代文明から、自然を客観的に研究するという自然科学が生まれ、それをもって『合理的』の名の下に自然征服がはじまり、自然崇拝を前近代的な非合理的なものとして排除していきました。
 しかし、自然崇拝は、愚かな思想でしょうか?
人間は特別な存在で、自然は征服すべき対象だとみなす近代合理主義のほうが
人間は自然の一部だと言う認識から発生した自然崇拝よりも、優れているとはとても思えません。

 自然を征服する為の技術が行き過ぎて環境破壊をもたらしました。「行き過ぎて」・・・と書きましたが、そうなったのは、科学技術は自然を人間の生活に最適な方法で制御出来なかったと言うことです。非常に不完全な科学を信じて・・・盲信して、こんな人類の危機的症状を作り出してしまいました。この近代の科学技術文明によって、環境破壊だけでなく、モラルハザードも起こり、多くの人々の精神も自然から離れて崩壊してきているように感じます。
 
 西洋を中心に、自ら文明人と名乗る国の人々は、彼等が未開の国と呼んでいる人々よりもモラル的にも優れていると思ったら大間違いでしょう。そんな発想は、力の弱い文化を攻撃し支配する口実に利用されただけです。ただ単に、近代科学技術を持った国家のほうが、戦争において強かっただけで、凶暴性や残忍性は寧ろ近代文明とやらを持ったヨーロッパの白人のほうがずっと酷かったのではないでしょうか?。・・・そう、凶暴で支配欲の強い人々ほど、大きな科学技術を持とうとするものです。
 西洋近代化文明の、自然も他民族も何でもかんでも『征服する』と言う共通の野望は未開人より『野蛮』と言うべきでしょう。

 近代から現代にかけて、多くの人々は、生まれた時から自然から離れた生活をするようになり、自然の摂理に対する感覚を失ってしまったが為に、自然崇拝を馬鹿にし始めました。そのくせ、科学と言う名の唯物論、自然科学を盲信し、経済発展、開発という名の持続不可能な自然破壊に気付かず、我々は文明人だとばかりに、破局に向かって行進しているのです。

 二進法のマシン(コンピュータ)や巨大建造物、バイオテクノロジーやサイバネティクスなどをもって、人類の技術は素晴らしく、無限に発展すると考えている科学崇拝の方が遥かに危険で軽卒で愚かだと感じます。
科学崇拝は今世紀中に人類を滅ぼすかも知れませんが、謙虚に自然崇拝が行き渡った世の中だったら、今頃人類の危機はなかったでしょう。

 宗教とまでは行かなくとも、自然崇拝は、今こそ人類みんなが持たなければならない思想、哲学ではないでしょうか?   
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Comments 6

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nao

あらためて。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

今、朝日テレビのアレを見てます。
だんだん腹が立って来ました。

2008/01/04 (Fri) 20:40

雑草Z

最近環境問題の特番多いですね。

こちらこそ、本年も宜しくお願いします。昨年度は沢山のコメント有難う御座いました。

コメントを見たら

>今、朝日テレビのアレを見てます。

との事だったので、「アレ」とは何かと見てみたら、環境問題の特番でしたね。

>だんだん腹が立って来ました。

とは、人間の愚行に関してですか?
それともこの番組の作りに関してですか?

 私は、このコメントに気づいてから、番組の最後のほうだけ見ましたが、他の民放のスポンサーのご機嫌取りのような環境問題の番組などと比べれば、しっかり出来ているように感じました。ただ、司会者や一部の出演者、CMがちょっと気に障りました。
 人類の愚行は酷いものです。 

2008/01/05 (Sat) 00:37

地下水

人間の生活と寿命と空間

 私達は人間である。人間は、生き物である。生き物の幸せは、健康である。生き物が生きるには、生きて活動せねばならぬ。人間には生活が要る。
 健康の要素は、栄養、安眠、清潔、運動などである。栄養は、食糧からなる。食糧は農耕機器でつくる。農耕機器には工場や製鉄が要る。安眠には寝室のある家が要る。清潔には、風呂や洗濯機、トイレや下水道が要る。
 人間は、社会で役割分担をして、これらの生活物資をつくる。人間は、社会人である。
 人間はこの生活物資に生かされている。この生活物資に感謝が要る。この生活物資をつくる大人に対して感謝の念が要る。子供は大人を見習い、やがて大人となって、役割分担して、生活物資をつくらねばならぬ。人間は、社会人なのである。
 実際、山に登って見下ろすと、川が流れ、田畑が広がり、中程に町があり、道路と送電線が入っている。大人の仕事は、この生活の町をつくる事である。
 地球の外には、息の出来ない暗黒の死の空間が広がっている。この地球は何億年も太陽が照らし、森林やサンゴ礁が育っている。人間は、地球人である。地球には、地球の与える人間のきらめき、地球の花々の景色、地球の果物がある。人生八十余年、寿命には人生三万日余りの限りがある。これらの地球の贈り物を愛でて育てて、地球をよく見て限りある人生を送ろう。
 人間は、地球での健康な生活のための物資の生産の、この一点で、その目的を回帰し、協調し、分担し、共有する。

2012/06/06 (Wed) 03:03

雑草Z

Re:人間の生活と寿命と空間

    地下水さん

 またまた、前の記事へ遡ってのコメント有難う御座います。

 自然崇拝とは、もともとこの限られた地球での豊かな生態系と物資の循環に感謝し、これを永遠に維持する為に長い世代間を通して作られていったものだと思います。決して迷信ではないと思います。

>これらの地球の贈り物を愛でて育てて、地球をよく見て限りある人生を送ろう。

このような生活が出来るのが、本当に余裕のある人間らしい生き方かも知れません。

2012/06/06 (Wed) 23:07

地下水

Re:Re:人間の生活と寿命と空間

 今日もそうなのですが、大きな植物園のオープンテラスで、御茶をいただきながら、木々や花や涼やかな風を楽しんで来たのですが。
 そこへ行くのは車なのです。現代社会の矛盾です。公害を出しエネルギーを浪費して、その対極にある植物を求めるのです。心が求めているのは、植物であると、わかっているのに。
 こんなことなら、自分の町の中程に、相応の、心おきなく、安全で人目を気にせずゆったりできる、植物園があれば良いと、ときどき思います。町の顔として、近隣の町巡りの楽しみのはじめにあればと思います。
 ロンドンでも緑の回廊を何重にも設けてあるそうですから。
 大きなヒマラヤ杉の下のテーブルで和みながら、こんな大きな木を植えるのも有難い人の心、逆に他所の様に舗装して乾かして枯れさせてしまうのも困った事態だと思いました。

2012/06/20 (Wed) 21:20

雑草Z

Re:Re:Re:人間の生活と寿命と空間

 おっしゃる通り、自然に親しむ為に遠出するときに車などを使って石油を消費して窒素酸化物や硫黄酸化物などを出す事は現代社会の矛盾ですね。
 私も地下水を汲んだり、田舎の秘湯に行ったり、鎮守の森を尋ねたりする時に車を使い、矛盾を感じております。

>こんなことなら、自分の町の中程に、相応の、心おきなく、安全で人目を気にせずゆったりできる、植物園があれば良いと、ときどき思います。

おっしゃる通りですね。地産地消は食べ物だけではなく、観光もゴミ処理も、殆どの物事を地産地消にする・・・昔に戻すべきですね。植物園でなくとも、歩いて、若しくは自転車に残しておくべきですね。

>舗装して乾かして枯れさせてしまうのも困った事

本当にそれは嫌な事ですね。日本ではもうこれ以上舗装をする必要はありませんね。現在でも舗装は過剰です。

「高度経済成長時代」と言われた1960年代、1970年代は各地で公害も発生し、大気も川も海も森林も荒らされましたが、それでも現在よりは遥かに自然が豊かだと思っております。そんな子供時代の自然の中で、現在失われてしまったものが色々あります。代償によって得たものは、失ったものに比べて殆ど価値がないと感じております。

2012/06/21 (Thu) 00:26
☘雑草Z☘
Admin: ☘雑草Z☘
「経済成長」はその定義からも明らかなように実態は「経済膨張」。20世紀に巨大化したカルト、「経済成長信仰」と「科学技術信仰」とによって、飛行船地球号は破裂して墜落を始めるのも時間の問題。
あくせく働いて破局に向かって突き進むくらいなら猫のようにその日暮らしをする方がよっぽどいいではないですか。脱成長によってゆったり暮らすことができる社会の実現を!
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