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雑草の言葉

対数関数的感覚

2008/04/05
雑談 4
 指数関数的増加、または等比数列的成長というのは、成長の限界などの説明の時に良く引用される原理です。この極めて理に適った自然の原理に対して人間の感覚はなじまないと言うか対応出来ないようなことを色んな本に書いてありますが、私はそうは思いません。人間(や他の動物)の感覚は指数関数的増加に対応しているように出来ていると考えます。
 つまり、入力 x、出力 y として、 入力 x の指数関数的に出力 y が出力されたとき、人間の感覚はちゃんと出力 y の対数的に入力 x を感じ捉えるのではないかと考えます。
 面倒な表現になってしまいました。言い直すと、指数関数的自然の世界を眺める人間(や他の動物)の感覚はそれに対応するように対数関数的な感覚になっているのではないかと言う事です。

・・これでも分かりにくいでしょうか?。

 じゃあ、具体例で述べてみましょう。
 例えば音階。音は半音上がる毎に振動数は、2^1/12=1.059463・・・・倍になります。1オクターブなら、振動数は2倍ずつになります。つまり振動数は音階が上がる毎に指数関数的に増加します。この半音を人間は等間隔と感じるならば、まさしく音の高さに対する感覚は、対数関数的と言えるでしょう。同じ音程を同じ間隔として捉えることが対数関数的と言うことです。「同じ間隔」という感覚が曖昧と言うのなら、それが耳を通した脳に同じ差として感じさせると言うことです。転調を考えればわかりやすいでしょう。あるメロディーの音をすべて同じ高さだけ(=同じ数の半音分だけ)ずらして聞いても同じメロディーに聞こえます。また、ある和音構成音を全て同じ高さだけ(=同じ半音の数だけ)ずらしても同じ響きの和音に感じます。つまり、同じ振動数の比ならば、同じ音程に感じることは音楽の基本です。
 これで、耳と脳は十分に指数関数的なものを対数関数的な感覚で捉えていると言う事になるでしょう。
 音に関しては、高さだけでなく大きさも、例えば音量の単位のdb(デジベル)なども、対数関数です。確か明るさの単位も対数関数でしょう。(星の明るさの何等星と言うのも対数でしたね。)

 酸性度の指標として使われているpH(ペーハー)も、何となく非常に人為的な感じは致しますが、まさに対数です。これを対数で表示しなかったらかえって分かりにくいでしょう。つまりpHは、人間の感覚にマッチした表現方法だと言うことです。
 数を指数表示したときにその指数部分だけで数を表現するのは、非常に感覚的に優れた方法でしょう。それが対数関数的表示法で、対数関数的人間の感覚にマッチしているということです。

 等比数列を幾何数列[Geometrical Progression]と呼ぶのは、等比数列的に大きくなっていくものを順に並べると視覚的に美しいからではないでしょうか?(これは私の推測ですので間違っていたらご指摘お願いいたします。)

 以上、人間(や他の動物)は、自然界の指数関数的傾向に適応する為に、感覚が対数関数的になっていると言うのが私の主張です。


 さてそこで、
成長の限界  人類の選択[Limits To Growth /the 30-year Update]
 (30年アップ・デート版)
   Donella H Medows , Dennis L Medows , Jorgen Randers  著 
    枝廣淳子 訳

の話になります。
 この本自体は非常に名著だと評価致していますが、今回はこの本に多少もの申します。この本には、
「ほとんどの人は、成長とは直線的なプロセスだと思っているので、あっという間に非常に大きな数になる幾何級数的な成長に惑わされてしまう」・・・という一節があります。 確かにそう言う面は否定出来ませんが、それは人間社会が数を定義し使いはじめた時に等差数列的に使いはじめたからであって、もともとは人間の感覚は、寧ろ等比数列、指数関数に対応する頭・・対数関数的になっているのではないかと考えます。

 だから、前回の記事の「池を覆う悪性のスイレン」の例も、ある日スイレンが池の水面の4分の1を覆っていて次の日に2分の1を覆っていたら、その翌日には全面を覆うと言うことは、感覚的にわかるのではないかと思います。わかると言うよりも、普通にそう感じるものでしょう。感覚的に分からないとしたら、それは人工的な線形関係に慣れてしまって頭で数値で等差数列的に考える為ではないでしょうか?少なくとも視覚的には等比数列的に感じる筈です。
 直線的なプロセス的感覚と言うのは、算数教育の弊害ではないかと私は考えます。・・・だからと言って、小学校から指数関数を教えよ・・って事を主張するつもりは有りません。(私は、小学生にも分かりやすく教える自信はあります。・・上の記事のように分かりにくくはなくです・・笑)等差数列的数の取り扱いはそれはそれで非常に有効ですし・・。でも、pHなどの例にもあるように、対数的数の取り扱いが自然界を記述するときに非常に有効なのは、自然界が指数関数的世界で、それに対応する生物は対数関数的感覚を持っているからではないでしょうか。
 これは客観的事実のようで、主観的捉え方の話になってしまうのですか・・

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 さて、最後にこの対数関数的感覚を使った小話というか、応用・・を一つ

 人間の金銭感覚も対数関数的感覚であるとすると(考えればそれは結構理に適っていると思います。)金持ちがお金を儲ける事ほど非効率な事はないという事になります。

 対数関数的感覚でいえば、例えば年収が増える場合、対数の底が何であろうと(1以外の正の数・・笑)その一定の底で対数を取った時に同じ差の場合同 じ満足度の差と考えます。
 具体例でいいます。年収100万円の人が、年収200万円に増えたときと、年収1億円の人が年収2億円に増えたときの満足度が同じと言うことです。・・・同じ1億円で、年収倍増という同じ程度の喜びを年収1億円の金持だったらたった1人、年収100万円の人だったら100人もかなえさせられます。
 そしたら、金持ちの年収を増やすことの方が、能率は悪いですね。つまり金持ちをさらに儲けさせる事ほど達成感のないものはないと言うことになりましょう。(笑)
 
 いや、冗談ではなく・・・この手の話は世の中にいくらでも転がってます。指数関数的世の中を対数関数的感覚で議論しないからおかしな事になっている問題が多々見受けられます。
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Comments 4

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5.2のために17

>人間の金銭感覚も対数関数的感覚であるとすると

そんなに難しく考えなくても、人間にはちゃんと満腹中枢がありますよ(笑)。
胃袋ではなく金袋を持ち歩いて物理的に現金を詰め込むようにすれば、自ずと意識改革するのではないでしょうか。

2008/04/05 (Sat) 09:35

雑草Z

お金に関しては、満腹中枢が機能していない現実

    5.2のために17さん

 満腹中枢は大切ですね。仰るとおり、物理的に現金を持ち歩けば、お金に対する満腹中枢も機能するかも知れませんね。・・目に見える財産を沢山ため込む事をステータスシンボルと思っている金持ちも沢山いますね(笑)。
 5.2のために17 さんのご意見はごもっともですが、それは、ペーパーマネーや電子マネーの危険性に対する対策で、対数関数的金銭感覚の事とはまた別の次元ですね。
 格差是正の為には、金持ちに回る金を貧困層に回さなければならないと思います。それが次の記事の主題ですが、丁度4月9日アップ予定の次の記事の内容を先取りしたようなコメントです(笑)。

2008/04/05 (Sat) 11:46

通りすがり

はじめまして

はじめて書き込みさせていただきます。よろしくお願いします。

人間の感覚が対数的であるという指摘は、心理学の「スティーブンスのべき乗則」「ヴェーバー・フェヒナーの法則」と関連が深いと思いますので参考にされてはいかがでしょうか?(すでにご存知かもしれませんが…あしからず)

またちょっと気になったのですが、幾何級数という言葉は決して死語ではないと思いますよ。数学・自然科学分野の論文検索でも大量に引っかかるので、まだまだ第一線の用語と感じます。(数学論文のヒット数に関しては「超幾何級数」によるところも多いですが)

2008/05/14 (Wed) 05:09

雑草Z

指数対数は自然を表現するときの基本ですね。

    通りすがりさん

 はじめまして、こちらこそ宜しく・・・と、言いたいところですが「通りすがり」・・というHNでは、もうコメント戴けないかも知れませんね(笑)。以前にも同じようなHNの方からコメント戴いた記憶有りますが、「はじめまして」と言う事は違う方ですね?

人間も、おそらく他の動物も、視覚も聴覚も味覚も対数関数的でしょうね。これは、生物に限らず世界のつくりが指数関数的に出来ているからでしょうね。・・・不明瞭な議論ですが・・。
 さて、「スティーブンスのべき乗則」「ヴェーバー・フェヒナーの法則」と言うのは全く知りませんので、機会があれば読ませていただきます。対数的感覚と言うのは、昔から考えている事ですが、ある意味自明な事でしょうから・・線形関係と言うほうが特別な関係である事は、本文に書いた通りです。


>幾何級数という言葉は決して死語ではない

確かに死語ではないですね。表現が不適切かも知れませんでしたね。
大げさで紛らわしいので、死語にすべき表現とでも言い換えましょうか?
高校の教科書に出てくるように、
「等比数列」
と言えば済むものを、
「超幾何級数」なんて言われた日には、どんなに凄い数の概念なのかと恐縮してしまいます。(笑)
どうしてこんな表現を使うのでしょう?
確かに本文にもかいた通り
Geometrical Progression
の直訳ですが、英語のほうでも日本語のように
Equal Ratio Progression
とでも表現したほうが、よっぽど明瞭でしょう。
第一「級数」って、
「数列」の意味と「数列の和」の意味を混ぜこぜに使ってませんか?
 まあ、「幾何級数」のほうが表現的に重みがありましょうか?

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 本サイトは、環境問題、反経済成長のサイトですので、この本文のカテゴリーは【雑談】にしましたが、この手のお話は好きですので、またご指摘等あれば、宜しくお願いします。

2008/05/14 (Wed) 21:57
☘雑草Z☘
Admin: ☘雑草Z☘
「経済成長」はその定義からも明らかなように実態は「経済膨張」。20世紀に巨大化したカルト、「経済成長信仰」と「科学技術信仰」とによって、飛行船地球号は破裂して墜落を始めるのも時間の問題。
あくせく働いて破局に向かって突き進むくらいなら猫のようにその日暮らしをする方がよっぽどいいではないですか。脱成長によってゆったり暮らすことができる社会の実現を!
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