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雑草の言葉

追われる生活

2012/11/11
思想・価値観 4
多くの現代人(日本人)は、生まれてから暫くの間、幼少の頃までは、余裕のある生活・・・時間がたっぷりあって、色々な新しい事に興味関心を持って飽きるまでやる事が出来た時期があったのではないでしょうか?
それが、小学校、中学校、高校と進むにつれて追われる生活に変わって来ます。勉強に追われ、部活動に追われ・・・。大学時代は、比較的余裕がある時代だと言われますが、二十歳の頃、余裕を持って生活している現代人は殆どいないように感じます。その証拠に社会問題と取り組む大学生はあまりいません。(ボランティアに取り組む学生は増えて来ましたが、アイデンティティの確立の為や自分のキャリアの一部として考える学生も多いように感じます。)・・そして、社会人になれば仕事に追われます。その『追われる生活』は年を取って退職するまで続きます。・・勿論その間に暫しの休暇を取る人もいます。数日から数カ月、数年に及ぶ人もいるでしょう。・・・それでも絶えず焦燥感があり、完全にドロップアウトしない限りは、「何かに追われる」感じは拭えないまま退職まで突き進む人が多いのではないでしょうか?
現代は、石油をはじめとするエネルギーを膨大に使う事によって、利便性を確保しています。かつては人間が手作業でしていた仕事の多くを機械に任せる事が出来るようになりました。炊事、洗濯から移動手段まで、機械にやって貰える便利な時代になりました。資源を大きな代償として、その時間が浮いた筈です。しかしその浮いた時間をまた別な追われる事柄に使って、余裕は増えていません。それどころか、昔よりも現代のほうがこの「追われる感じ」は強くなって来ました。例えば江戸時代は、炊事、洗濯に多くの時間が取られても、仕事の時間も少なく、大らかで、毎日余暇の時間が十分に取れた・・・と言う研究報告もされています。そう、昔のほうが余裕があった場合が多いのです。この観点から考えても、現代の暮らしが昔よりも豊かだとは決して言えないでしょう。

一口に「追われる生活」と言っても、社会的に追われる部分と、自分自身に何かを課して自分で自分を追い詰める部分とがありますが、その二者の間には明確な区別は無く、多くの場合、両者の要素が混ざっています。そして、はっきりとした目標がなくとも「追われる」感じが付きまといます。そのプレッシャーに耐えられずに、ノイローゼや鬱など心のバランスを失う人も沢山いて、現代の社会問題になっています。
一方、追われる生活を楽しんでいる人も沢山います。追われる生活が『充実』と感じる場合も非常に多く、ある意味人間には「追われた感じ」も必要な事とも言えましょう。
しかし、絶えず日々の雑事に追われる生活をする事によって、現在人類は大きな大きな代償を支払わなければならなくなりそうです。身近な小さな問題から大きな社会問題まで、「これは良くない」と思う事も、「常に追われている」から、看過してしまっている事ばかりです。社会問題には無関心か、関心があっても、世間話程度の批判で終わってしまいます。自然の摂理も忘れてしまって、若しくは自然の摂理に反する事に気が付いていても黙認してしまって、経済、工業、の暴走を許しています。その典型例が原発です。

このような「『追われる生活』が、為政者や財界の強欲な人々によって意図的に作られている」と言った陰謀論まで言及する積りはありませんが、追われる生活を強いられている一般市民の多くは、追われているが故に、社会の矛盾、不公平に対して、声を上げることなく甘んじて受け入れてしまっている状態です。このままでは本当に文明崩壊に至るでしょう。日々の雑事に追われた生活から一歩足を踏み出して、しっかり声を上げる事が必要でしょう。
(※3.11以降、市民のサイレントマジョリティの多くが声を上げるようになったのが画期的な事です。)
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Comments 4

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アルテミス^^

追われているという感覚ではなく

おはようございます。

読み応えある記事ありがとうございます。
ほんとそう思います。一般人は焦らせるように社会がメディアが政治が仕向けていると言っても乱暴すぎるかもしれませんが、過言ではないかと感じます。

この問題は、働いている層によってもばらついていると感じます。ボランティア活動は本人の人生観にも関わってくるので何とも言えませんが、参加したくてもなかなか参加できない人も沢山いると感じます。かくいう私もその一人ですが・・。

テレビや携帯を手放せば意外と焦燥感は減ると感じます。が雑草さんの仰るとおり、身の回りのものが便利になったにも関わらず、乗り物も充実したのにも関わらず、余った時間はどこへやら・・・?という感は否めませんね。

昨日は溜まっている畑仕事を、諦めて、久しぶりに読書と近くの山の散歩に当てました。のんびりと、でも、あっという間の有意義な時間でした。

2012/11/11 (Sun) 08:32

guyver1092

生活設計

 NHKの「なぜヒトは人間になれたのか」という番組のDVDで見たのですが、人間はかなり近い時代までその日暮らしが当たり前だったそうです。貨幣経済が発達するに従って生活設計が考えられるようになりました。そして現在、資本主義は明らかに行き詰っています。自分の努力で何とかしようとすると、何かに追われるように必死で働かなければならないのかもしれませんね。

2012/11/11 (Sun) 20:36

雑草Z

Re:追われているという感覚ではなく

    アルテミス^^ さん

 また、通常と違った感じの文を書いてみましたが、そんな文章にまたアルテミスさんが最初に反応下さいましたね。有難う御座います。

>テレビや携帯を手放せば意外と焦燥感は減ると感じます。

確かに大量に送りこまれる情報が焦燥感を煽っているでしょうね。情報に世界全体が煽られ踊らされ、焦らせられ、競争させられている部分は大きいですね。

>溜まっている畑仕事を、諦めて、久しぶりに読書と近くの山の散歩に当てました。

このような時間をいつでも取れれば、追いつめられないかも知れません。でも社会のシステムにも大きく起因していますね。自由競争社会に追い詰められているとも言えましょう。

2012/11/12 (Mon) 21:38

雑草Z

Re:生活設計

guyver1092

>人間はかなり近い時代までその日暮らしが当たり前だった

なるほど、これまでの人類の歴史の99%以上はその日暮らしでしたでしょうね?・・人間も幼少期はその日暮しですが、「その日暮らし」が悪い事のように考えられているのも現代の洗脳の一つなのかも知れませんね。

>そして現在、資本主義は明らかに行き詰っています。

この社会システムが焦燥感を生んでいるのでしょうね。

>自分の努力で何とかしようとすると、何かに追われるように必死で働かなければならないのかもしれませんね。

なるほど、貨幣経済から作られた自由競争経済システムが、焦燥の枠組みを作り、その中で個人が努力しようとすると、何かに追われるように必死で働かなければならないような強迫を産む・・・と言うシステムかも知れません。・・・何かguyver1092さんの短いコメントの中に、問題の本質が見えて来たようです・・・有難う御座います。

2012/11/12 (Mon) 21:51
☘雑草Z☘
Admin: ☘雑草Z☘
「経済成長」はその定義からも明らかなように実態は「経済膨張」。20世紀に巨大化したカルト、「経済成長信仰」と「科学技術信仰」とによって、飛行船地球号は破裂して墜落を始めるのも時間の問題。
あくせく働いて破局に向かって突き進むくらいなら猫のようにその日暮らしをする方がよっぽどいいではないですか。脱成長によってゆったり暮らすことができる社会の実現を!
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