降りるほうが困難ではない…寧ろ楽!
経済が縮小すると、社会に大混乱が起きて、沢山の企業が倒産するのではないか?・・多くの人々が職を失うのではないか?と不安に思う人も沢山いる事でしょう。だから反対する人が現在の主流派でしょう。・・・確かに現在存在する企業、職業の中には無くならざるを得ないものも沢山あるでしょう。・・でも、それらの仕事は本来無くてもよい、あってはならないものだったのです。仕事と言うよりも、単に財閥や資本家達の強欲を満たす為のシステムだったのです。だから、これらの仕事が必要だと最後まで抵抗するのは、その事によって普通の人の何倍もの・・何百何千倍も稼いでいた財閥や金融資本家、多国籍企業の経営陣達でしょう。彼等のような存在は縮小社会には必要ないのです。縮小時に大災害が起こるとすれば、それは成長時(膨張時)にやってはならない事をやったからで、そのまま問題を先送りして更に膨張を続ければ、もっと悲惨な状況を作り出すのです。典型例が原発です。経済縮小は、生態系がしっかりしている時期にやれば問題はないのです。だから生態系が壊され始めている現代は急を要するのです。
山も登る時よりも下りるときのほうが楽です。高いバベルの塔を高く高く積み上げていって崩れないように補強を重ねるよりも、塔の上のほうを解体して低くして補強した方がどっしりと安定します。・・補強も楽に出来ます。
経済成長路線から降りる事は、経済成長を維持する事と比べれば、難しい事でも面倒な事でも危険な事でもないのです。寧ろ遥かに楽でしょう。そして縮小の過程でも、楽しむ事も出来て豊かな経験も出来るでしょう。いずれ大多数の人々が経済成長洗脳から解き放たれてみんなで降り方を考えて行く時代になるでしょう。問題はその時期です。脱成長に舵を切る時期が遅ければ遅いほど、経済成長志向社会の崩壊時の災難は大きくなり、時期を逸すれば再起不能に陥るでしょう。「経済成長神話」と言う人類の歴史上最悪のカルトが、崩れるのが21世紀です。(この神話は高々300年しか続かなかった事になりましょう。)一端崩れ始めると、崩壊は速く「経済成長」を肯定する事の酷さが共通認識となる事でしょう。そして、「縮小安定」が共通認識となるでしょう。
ここのサイトでは、経済成長主義の愚かさ、経済縮小の必要性についてはしつこいほど繰り返し説明し主張して来ました。今年は一歩進んで(降りて)縮小社会への降り方や理解などについて論じていきたいと考えています。今年も宜しくお願いします。
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