リアルマネー;減価する貨幣が世界を破滅から救う
ごく一部にしか知られていないのですが、シルビオ・ゲゼルという経済学者がいました。彼は実業家として成功しますが、国家の政策の失敗による経済混乱を見て心を痛め、後に、実業家としての体験を踏まえつつ経済学を学び、独自の経済理論を構築しました。その理論の中に「自由貨幣」があり、これは金本位制の経済政策の失敗による経済混乱をヒントに貨幣の機能につき考察し、貨幣制度の欠陥に対する対応策として提示されました。
彼は貨幣の機能として、交換機能、貯蓄機能、尺度機能があり、このうち交換機能と貯蓄機能が互いに衝突し、経済を混乱させていると考えました。この対策として考えられたのが減価する貨幣(自由貨幣)です。もう少し具体的に言うと、人間社会(文明)は、分業により効率よく資源を採取、加工をし、それを交換することにより成り立っています。そして交換をスムーズにするために交換の媒体として貨幣が発明されたのですが、貯蓄機能により貨幣を溜めてしまうと、交換が行われなくなり、社会全体への資源供給が滞り不況になるというものです。
減価する貨幣は、物質がエントロピーの法則に従い劣化する速度に合わせて価値が減少するように設計された貨幣です。目的は、お金の機能の内、貯蓄機能を取り去り、貨幣の死蔵を防ぐことです。有名なところで、オーストリアのヴェルグルという町で、世界恐慌時に利用され、経済の混乱から立ち直るのに役立ちました。
減価する貨幣を採用した社会はどのような社会でしょうか。
【ヴェルグルの奇跡】
上記のページによると、減価する貨幣は貨幣の量としては少なく済むようです。地域毎にその社会が必要とする資源の量に見合った最小限の貨幣額というものがあり、以前に準備した貨幣量・・現行システムの貨幣量・・は、資源に対して多過ぎたのでしょう。・・・これは人間が真に必要なものは貨幣ではなく資源であることを表していると言えるでしょう。
たとえば人が二人しかいない社会を考えてみれば明らかです。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有しています。交換が行われないならどうなるでしょうか。貨幣を所有している者は最終的に飢え死にし、資源を持っている者は資源の再生産が出来る限り、生き続け、貨幣のない人と無主の貨幣が残るでしょう。
言い換えれば減価する貨幣は、資源(商品)の量と自然と一致すると考えられます。減価する貨幣を採用した社会は、インフレもデフレも無い、安定した消費の社会と考えられます。さらにヴェルグルの例では、人口の三分の一ほどもいた失業者とその予備軍がほぼゼロになり、インフラ整備も進んだところから資源の公平な分配もできる社会のようです。
減価する貨幣の社会では、なぜ経済が安定し、公平な分配のできる社会になるのでしょうか。ヒントは「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」p395あたりから紹介されているリッチとプアの実験です。さまざまな働きに対しての報酬がモノと貨幣の場合を比較した実験で、モノの場合は、異なる働きに対して、報酬が均等でも不公平とはあまり感じないのに対し、報酬が貨幣の場合、均等に分けると圧倒的に不公平と感じるとの結果です。被験者に対するアンケートでは、モノと貨幣では価値が違い、貨幣のほうがはるかに重要であるとの意見が圧倒的です。「モノは贈り物との側面がある。モノは賞味期限がある。食料を均等に配分するのは、コミュニティのなかで絆が深くなる。」等です。この実験の結果は、ゲゼルの炯眼を示す実験でもあるでしょう。減価する貨幣は人にとって、モノと同じである、又はモノの引換証であると認識されるからこそ経済の安定及び資源の公平な分配がされるのでしょう。減価する貨幣は人に、貨幣は資源価値の乗り物であることを理解させ、くだらない偽物の価値から脱却させるのでしょう。
その他に重要な相違は、減価する貨幣の社会では貨幣の貸し手と借り手の力関係が逆転するということがあります。【ゲゼルのロビンソンクルーソー物語】で論じられていますが、モノの場合は、時間とともに劣化していくのが当たり前ですから、あまった資金を借りてくださいとお願いすることになり、これは現在の社会では、お金を貸してくださいとお願いされるのと立場が逆ということです。この場合、金利ゼロで借りてもらえれば十分得ということになります。【定常社会の会計基準】にも書いたとおり資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムであり、商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムです。マイナス金利の減価する貨幣の社会では、資本の拡大再生産はできなくなり、資本主義は存在できない=成長しない社会になります。つまり、減価する貨幣を使用する社会にするだけで、罰金のように税金を取らず、猜疑心の塊となって社会を監視し、強権的にすべての人を押さえつけなくても定常社会が実現できるということになります。無理やり押さえつけていないので、物質(商品)のある範囲で柔軟に変化できる社会でもあるとも考えます。
さて、【定常社会の会計基準】で議論した「定常状態の社会システム、エントロピー発生の低い社会システム、自然環境の状態を財務諸表の何かに組み込む」は、減価する貨幣の社会ではどうなるでしょうか。定常状態の社会システムは減価する貨幣を採用すればそれだけで実現できると考えます。エントロピー発生の低い社会システムは、原材料の損失、売れ残り等を費用として売上から控除できないような会計・税の制度が考えられます。自然環境の状態を財務諸表の何かに組み込むについては、「エンデの遺言」P245で紹介されているヴェルグルで、人々が積極的に植林を始めたという事実を少し変えれば実現できると考えます。生きている樹木の引換証としての兌換貨幣を作ればよいのです。樹木は生きていますから成長します。その成長する分をプラス金利とし、更に自然環境を維持する分のプレミアとしての加算をしておくのです。木を切ってしまえば、自然環境分のプレミアは消滅し、成長しなくなったのでそこからマイナス金利とするのです。このように貨幣の一部を生きた生態系を表すものとすれば、財務諸表の資産の部に自然環境が搭載されることになります。
減価する貨幣の社会でも人がもっとたくさんの資源(商品)がほしいと願えば、手に入れた資源を使って資源を拡大再生産し、経済成長も可能でしょう。モノは使う、食べる等するものですから、限度はあるでしょうが、人の消費する資源が地球の容量を超えることはあるかもしれません。この回避策としては、エコロジカルフットプリントに応じて税金を増減させ、景気を冷やす方法が考えられます。また、樹木の引き換え貨幣を使う場合であれば、資産に一定以上の引き換え貨幣の蓄積を義務付ける等が考えられます。
減価する貨幣はヴェルグルの例からすると、導入までは難しいかもしれませんが、導入すれば人々の圧倒的支持を受け、文明崩壊への道から人類社会を救済することが可能と考えます。
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