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雑草の言葉

芸術の名の下のゴミ排出

2021/12/17
ゴミ・廃棄物 4
 一ヶ月ほど前に、ゴミ屋敷の事について書かせて頂き、生活必需品を使う際のゴミの多さに言及させて頂きました。
生活必需品だけでゴミ屋敷に 2021/11/17

 今回は、総量としては大したゴミの量では無いのかも知れませんが、個人的に気分の悪い、ちょっとタブー視されている「ゴミ」の一種について述べさせて頂きます。

 「蔵の町」と呼ばれている隣町の喜多方市に在る蔵の多くを、じっくり見学した事がありませんでした。先日、地元の知人が案内して下さると言うので行って参りました。喜多方市の知人宅に着くと、丁度その時期、喜多方市の蔵を利用して、芸術家が「作品」も展示している催しがあるからそれも観てくるのがいいと言われました。蔵を観ることが目的でしたが、芸術家の「作品」を見学するついでに蔵の内部に入って中まで見学出来るのは好都合だという事になりました。
 喜多方市の中心からちょっと外れた所を、地元の知人に説明を受けながら、いくつかの歴史のある蔵の外観を見て歩いていると、大きな蔵に到着しました。そこで「芸術作品」とやらも展示されているとの事で、作品を展示されている方が受付もしていました。住所や名前を書いて入りました。

 中の展示は、「作品」とは思えず、「ガラクタの寄せ集め」に感じました。窓を閉めて暗くした蔵の中で、蔵の壁や天井から吊り下げた布に何だか分からない映像を大きく映し出していて、蔵の内部を観るのに邪魔でした。
 決定的だったのが私が嫌いな「黒マルチ」・・雑草を生やさない為や、地温・水分を保つために農地に張るビニール製のシート・・が蔵の天井に長く張ってあった事です。説明をよく聞かなかったので記憶が曖昧ですが、「地球の古代から現在に至る『流れ』を表す」とか、作品を造られた方が説明していたようです。
 こんな無駄に感じる黒マルチの使い方が嫌になった私は、彼女の作ったガラクタ展示は観ずに、蔵の内部の作りを観て回りました。蔵の2階は屋根裏部屋で、靴を履き替えて、裸足で入る事になっていました。そこにも、広げた広いビニールシートの上に彼女の作ったガラクタがところ狭しと並べてありました。 蔵の中の作りを見学した後、一緒に行った知人が捕まって「ガラクタの寄せ集め」にしか見えない「作品」の説明を受けている最中に、私はさっさと靴を履いて、帰る用意を始めました。後から知人も、展示はガラクタの寄せ集めのようで、全然面白くも興味もなかったっけど、私があからさまに興味が無い事を示して帰る準備を始めた時に、彼女が「古代からの生命の流れ」とかを説明しだしたので、仕方なく聞いていたと言っていました。後日、一緒に行った知人の姉や他の人も展示を観に行って「全然意味が分からなかった・・・」などと言ってました。

 しばしばこのような独りよがりの芸術家がいます。彼女は子供のように訳の分からないものを独りよがりで作って、ゴミを作り出しただけだと思いました。なんらかの理由でお金に余裕がある方の、資源浪費の「お遊び」に感じました。
 人は、いろいろな物を見て、いろいろ感じます。しばしば自然の造形に「美」を感じます。このような「芸術家」がわざわざ物を浪費して作った「作品」で「生命の流れ」を感じる必要は全くありません。少しの感動もないばかりか逆に不快でした。そして彼女の勿体ぶった「説明」がなければ何が何だかわかりません。説明があってもわかりませんので「説明」は不要でした。

 でもしかし、彼女の出した「ガラクタの廃棄物」はまだまだマシな方です。

 この自己満足のガラクタの「芸術作品」を観て、本当に酷い「芸術と言う名のゴミ」の記憶が蘇りました。
 それは、『梱包』のアーティスト」と呼ばれる夫婦の作品です。
 30年ほど前〜調べたらと1991年の秋〜福島県から茨城県の水戸市に抜ける道(おそらく国道349号線)を車で通っていたら、巨大な傘が見えました。それが1本だけではなく、次々と現れました。最初は「なんだこれ」と思って興味を持って見ていたのですが、ただ、ところどころに巨大な同じ青色の傘が沢山立っているだけでした。何かの催しにしても随分と無駄なことをするものだと思いました。
 それが、『梱包』のアーティスト」と呼ばれる夫婦の作品でした。今改めて調べてみると、傘は1本あたり支柱の長さが6メートル、正八角形の傘布の対角線の長さがおよそ8メートル半と巨大なものでした。茨城県の常陸太田市から里美村にかけての国道沿い、全長19キロメートルの地域に1,340本の青い傘を設置したそうです。同時にカリフォルニア州南部のカーン郡からロサンゼルス郡にかけてのハイウェイ沿い、全長29キロメートルの地域に1,760本の黄色い傘も設置されたとのことです。
 こんなのが「芸術」なのでしょうか?私には資源の無駄遣いにしか感じられません。誰も批判せず、(調べると、批判はあったようです。)逆に宣伝されて、見に行く人も出てくるからこんな行為が放置され、この夫婦は芸術家気取りで、こんなおバカなものが「代表作品」となるのでしょう。

アンブレラプロジェクト


 ・・余談ですが、アメリカでは強風で傘が倒れ、観客が1人死亡し、日本では傘の撤去作業中に作業員が事故で死亡したそうです。(作業車両に電線が引っかかって感電死だったような記憶です。)・・死者を出しても平気な、本当に酷いお騒がせな「芸術家?」夫婦です。

 彼らが『梱包』のアーティスト」と呼ばれるのは、海岸や橋を梱包してそれを「作品」として展示したからだそうです。一定期間だけ展示して後は梱包を撤去して廃棄していったとの事です。美術館の建物を丸ごと梱包することにはじまり、オーストラリアの高さ約15メートル、長さ2キロメートルにおよぶ海岸を丸ごと梱包したりなど、自然を損ねる自己満足な作品が多々あるようです。どれだけプラスチックを廃棄した事でしょう?たった二人の夫婦がこんな大量のゴミを廃棄することは許容出来ません。
 このような廃棄物を大量に出す「芸術?」よりは、雪まつりの氷の彫刻のように、融けて水になってしまう「作品」の方が遥かに良いと思います。

 「芸術」の名の下にこんな事を許してはいけないと思います。


 ついでに思い出した事をいくつか書かせて頂きます。
 ニキ・ド・サン・ファルと言うフランスの彫刻家の「射撃絵画」も自己満足の資源の無駄遣いの一つだと思います。
 絵具を入れた袋を石膏でキャンバスに固定し、離れた場所からピストルやライフル銃で何度も撃つパフォーマンスで、絵具が次々と流れ出します。その絵の具が流れ出した石膏の塊が「作品」との事です。「梱包の芸術家」ほど資源は浪費しませんが、「子供のお遊び」レベルです。

 芸術の範疇に入るかどうかはわかりませんが、日本の、大きな筆で大きな紙の上を歩いて書くパフォーマンスの「書道」も資源の浪費に思え不快です。

 「芸術」と称して自己表現したい人はすれば良い・・・と考える方もいると思いますが、おかしな巨大アートを作って資源を無駄にすることは許されざるものだと思います。

 「芸術」と言う言葉が免罪符になって、「芸術」の名の下に資源の浪費に関してなんでも許される風潮は改めなければならないと考えます。個人的には、気分が悪くなるだけです。
 こういうものは、基本的には観に行く人がいるから悪いとも言えますが、多くの人は、「芸術家が素晴らしい展示をしたのだろうから、観に行ってみようか。・・」くらいで行くんだと思います。宣伝する人々も良くないと思います。

 芸術に限った事ではありませんが、この手の「資源浪費のお遊び」は禁止するべきだと考えます。

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Comments 4

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まーまま

芸術の価値

大好きな画家さん(プロの方)からいただいたお手紙の中に“絵のよしあしは見る人の価値観により…”と言うフレーズがありました。芸術の価値はニーズに左右されるので、鑑賞する側がもっと変わる必要があると思います。
一方で黒マルチの性能は優れた部分もある訳で、雑草Zさんは例えば蔵の制作者さんが来場する方をおもてなしするにあたりどの様に工夫すれば良かったとお考えでしょうか?

2021/12/24 (Fri) 07:23
☘雑草Z☘

☘雑草Z☘

Re: 芸術の価値

まーまま さんのおっしゃるところの
>鑑賞する側がもっと変わる必要があると思います。
の意図は計り知れ兼ねますが、「資源の無駄遣いに対しては厳しい目で批判すべき」と言うのなら、その通りだと思います。

>例えば蔵の制作者さんが来場する方をおもてなしするにあたり
蔵の製作者は、昔の方かと思います。中で展示していた自称「芸術家」の事かと思いますが、蔵の持ち主は他にいて、好意で蔵を貸してくれたのだと思います。蔵を見学するのに邪魔な展示はしないで欲しかったです。蔵の天井を見えないように黒マルチで覆ったり広い布を釣って、訳の分からない映像を映し出して、蔵の中を見学できないようにわざとしているようにさえ感じました。展示が終わったら黒マルチや布はどうする積もりだったのでしょうか?おもてなしは必要ありませんが、敢えて言うのなら、蔵の良さを損なって台無しにしないような展示、逆に蔵と溶け合った蔵の見学を導いてくれるような展示が良かったですね。

ところで、この記事が一番批判しているのは「『梱包』のアーティスト」の「アンブレラ・プロジェクト」ですが、どう思われますか?

2021/12/25 (Sat) 07:09

guyver1092

『梱包』のアーティスト」

 そういえば、新聞の記事を読んだだけですが、ずいぶん無駄なことをしていると思った記憶があります。これが例えば、古代ローマのコロッセウムのように2000年もの後世まで残るのであればまだしも、ごく短時間で撤去するのであればまるきりの無駄と思います。

 ・・・撤去した後の資材をリユースしてのであれば、まだ救われるのでしょうが。

2022/02/24 (Thu) 22:47
☘雑草Z☘

☘雑草Z☘

Re: 『梱包』のアーティスト」

guyver1092さんも梱包のアーティストをしょうもないと思っていらっしゃいましたか?彼らが巨大なものを梱包していたことはとんでもありませんが、タチが悪いことに、ビニル(プラスチック)で梱包して、「展示公開」後は廃棄していたと言いますから酷いものです。

この手の自称「芸術家」は甘やかさずに、罰する法律を作るべきです。

2022/02/25 (Fri) 01:39
☘雑草Z☘
Admin: ☘雑草Z☘
「経済成長」はその定義からも明らかなように実態は「経済膨張」。20世紀に巨大化したカルト、「経済成長信仰」と「科学技術信仰」とによって、飛行船地球号は破裂して墜落を始めるのも時間の問題。
あくせく働いて破局に向かって突き進むくらいなら猫のようにその日暮らしをする方がよっぽどいいではないですか。脱成長によってゆったり暮らすことができる社会の実現を!
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